今週のメッセージ
​・6月4週目久松 求牧師

~メッセージバックナンバー~

・6月3週目木村 由智主任牧師

コロナウイルスが落ち着いて来ましたけれど、皆さんの生活はいかがでしょうか?まだまだ不安や恐れなどあるかもしれませんね。でも神様からの言葉よって励ましをを得ましょう。
ヨハネによる福音書3:16

「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。」
この所からお勧めしたいのは、永遠の命ということです。永遠ということを考えてみたいと思います。今生きている時間は制限がありますね。肉体にも制限があると思います。しかし制限をうけない、永遠という世界があるならば、そこがどんな所かと思うと思います。聖書は永遠のいのちを得るためであると語っています。
私たちが持っている命は肉体が終ればなくなってしまうと考えられる方もおられると思います。しかし聖書はこれを授けた神様のもとにもう一度帰ると言っていますね。皆さんに恐れや不安を感じるのは、私たちの中に制限があるからだと思います。しかし御子イエスキリストを信じるなら永遠のいのちを与えられる。
この地上の営みを終えても私たちには永遠の命が与えられ、霊的な存在として神様とともに永遠の時を過ごすことができる。これが聖書が約束している永遠の命です。
今このような状況の中で先行きが見えない、何も見えなくても私たちには永遠のいのちが約束されている。これを得ることほど幸いな人生はないと思います。どうぞこの聖書の言葉を心にとめて、あなたも永遠のいのちをお受け取り下さい。

 

・6月2週目久松義人牧師

家族でペットを飼おうという話になっており、いろいろ調べて、猫を見つけたのですが、それを妻に知らせると、「猫アレルギーよ」と突っ込まれてしまいました。

そのような中で子供の頃、飼っていた猫の事を、そしてその命がなくなった時の事を思い出しました。その時、すごく泣きました。ペットを飼っていても命がなくなるという事を、朽ちていく命のはかなさ、一時的な深い悲しみがあるなと考えた時、動物の命でさえ私たちは心が痛むわけですから、このような情勢の中で、死というものを身近に感じられる時代で、私たちはどのように生きて言ったらいいのかと思うことがあると思います。
伝道の書「神のなされることは皆その時にかなって美しい。神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた。」
このように聖書の言葉に書かれています。神様は人の心の中に永遠を思う心を置かれたと書いています。それゆえ、私たちは永遠というものを恋焦がれるというか、歌謡曲などに永遠や永久にという表現が出て来ますね。人間は心の中で永遠というもの想像してそれがあるのかと探し求める、そういう性質が必ずあります。それは神様がその永遠を私たちの心の中に置かれたからです。はっきり言える事は永遠を置かれた神様は永遠であると私たちは聖書を通して信じています。
それゆえ永遠を見出したいなら永久の朽ちないものを望み願うならば聖書の中にその答えがはっきり書かれています。
皆さんに、ぜひそのことを心に入れていただけたらと、心からそのことをお勧めします。

 

6月1週目木村主任牧師

イザヤ43:4「あなたはわが目に尊く、重んぜられるもの、わたしはあなたを愛するがゆえに、あなたの代りに人を与え、あなたの命の代りに民を与える。」
これは神がイスラエルの人たちに向けて言われた言葉です。今日を生きる私たちの存在を神様が重んじられていると受け止めたいです。
このコロナの情勢の中で不安や恐れがあり、また能力などあるかないかで自分を決めつけてしまっていませんか?能力があるかないかに関わらず、神様はあなたが「わが目に尊く重んぜられるもの」であると語っておられます。この競争社会で生きていく中で、大切なのは自分のアイデンティティがどういうものであるかということです。自分が神に愛されて、必要とされている存在だと知ることが一番大切です。あなたは神様にとって大切な存在であることを忘れないでください。能力の有無にかかわらず、神様から尊い者として、重んぜられていることを受け止めてください。この状況の中で、恐れや不安があると思いますが、神様の言葉によって励ましを受けていただきたいです。
そうすることによって、この地上であなたに価値があるということ、能力によらず、神様があなたを愛してくださっていることを受け止めていただきたいと思います。

​当教会は神の言葉である聖書を信仰の基準とする正統的プロテスタントの教会です。

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