2019.2.3 久松 政一使徒的長老「この世ではこれらのもにのに価値があるとヘゲモンしている」


今日は、いつも皆さんにへゲモンという言葉を使っていますけれども、もう一度、何度も何度も言いますけれども、皆さんそれを抽出していただきたいのです。でも実際にご自分の家で、自分はどういうへゲモンがあったのか、書いておられる方は非常に少ないと思うので、今日私は自分の思い付く限りの事を書きました。多分この中に皆さんのへゲモンは入っていると思います。へゲモンそれは、「みなす」この世の価値あるものを損とみなす。この世で、今まで私は価値があると思ってきた全てのものを損とみなす。へゲモンします。それが成熟の第1歩です。この1歩は非常に重い一歩です。まだまだ皆さんの中に、このへゲモンがおありです。取り除かなければ、あなたは成熟できません。そのあなたのままで歩むなら、あなたの態度によって他の人が傷付きます。あなたの言葉によって相手が失望します。あなたの考え方によって、多くの人が悲しみます。なぜですか?あなたが成熟していないからです。神様は、「成熟しなさい」と、おっしゃっています。あなただけの問題じゃないです。あなたが成熟する事は、周りの人々を祝福する事になるのです。あなたが成熟しない事は、あなたによって、あなたの周りの人が害を受ける訳です。弊害です。あなたはそう思っていないでしょう。そこに問題があります。この世では、今から言う、これらのものに価値があるとみなしているのです。あなたも、みなしていたのではいけません。あなたはこの世の、これらの今から言うものに、価値が無いとみなします。という行程を取らなければいけません。このへゲモンというものは、本当に問題です。そしてこれを私は皆さんに話をしました。これはどれだけ強力なものか。それはあなたの思考回路の一番前にあるものだと。だからいつもあなたはその思考回路をもって、全ての問題を判断しているのです。あなたのこの思考回路が問題です。人と話す時、何か言われた。一番最初に、へゲモンの所に来ます。思考回路。それが間違っているのです。それが歪んでいるのです。それが今まで、生まれて来て、経験と知識と能力に基づいて、あなたの思考回路は動くようになっているのです。それをへゲモンしなさい。損とみなしなさい。それは世の価値観です。世の考えです。それがあなたを怒らせているのです。それがあなたに不幸をもたらせているのです。人々じゃない、「あなたの思考回路が問題なのです」と、ウッドロフ師がそれを言っているのです。「いや、そんな事は先生ないです。あの人があんな事をしたから。あの人がああいう事を言ったから。」なるほど、確かにあの人があんな事をしたかも知れません。あんな事を言ったかも知れません。でももし、そこにイエス・キリストがおられたら、「何でそんな事を私に言うの?」って、イエスが言いますか?又、何かされた事によって、「あなたはひどい!」って、イエス様はあなたに言いますか?イエス様はそういう事に全く影響を受けない方です。

パンチネロの話を見ました。色んなレッテルを付けられても、落ちて行った人がいました。それはこの世の問題に対して影響を受けない人です。相手が悪いから私は腹が立つ。それはこの世の価値観です。私たちキリスト者は、このへゲモンをあなたの内から取り除いたら、あなたはどんなにひどい事を言われても、あなたはそれに影響を受けないから、腹が立ったり、憎んだり、許せなくなったりする事はないのです。でも、するでしょ。あなたの中にへゲモンがあるからです。あなたの内にあるものが、あなたに影響を与えているのです。相手じゃない。それを全然分かっていないです皆さん。いつも外側からの影響によって、私がひどい目にあっているとか、イエス様は十字架というひどい目にまで、道を進められたのです。彼の33年と半年は、本当にひどい人生でした。でも全くこの世の影響を受けないで、「わたしの語った言葉は霊である。命である。わたしを信じる者は、たとえ死んでも生きる。」イエス様の価値観は、全くこの世のへゲモンに、何の影響も受けないのです。だから私たちは、今日これを見ましょう。

文化

私たちは日本文化の中に生きています。そして橋を渡れば88箇所という文化があります。それは素晴らしい価値があると、私たちは幼い時から思考回路の中に植えられています。例えば、アメリカ文化は優れているが日本文化は劣っている。こう言われると、そうではないと言う人がいるかも知れませんが、やはりアメリカに憧れのある人たちが一杯います。その憧れというのは一体何ですか?彼らも罪人ですよ。アメリカの文化が素晴らしいですか?向こうから入って来るものが、何かものすごく価値があるかのように、ミュージカルにしても、音楽にしても、もう何でもアメリカの作るものは良いものの様に私たちはいつの間にかへゲモンされているのです。価値があるとみなしているのです。だから、淡い憧れ、「ああ、行ってみたい。もう日本はさっぱりだ。アメリカに行ってみたい。アメリカ文化の方が優れているかも知れない。」「ああ、何かかっこいい!」日本人は皆、何か知らないけれども、アメリカという文化は価値があるとみなしている訳です。これはもう知識としてではなくて、思いの中にそういうものが入っているのです。私たちに対しての憧れ、例えば英語が出来る事は価値がある、出来ない事は価値がない。英語ができる事にその人の価値を見出す事はできません。英語が出来る事が価値ある事ではありません。本当に皆さんそう思っていますか?何かちょっと英語で話しをされて、自分が英語が出来なかったら自分は駄目だという、そうみなしているへゲモンがありませんか?英語が出来なくても、何もあなたが価値が劣っているという事はありません。英語が出来る事が価値ある事ではないのです。全く関係ない。でも多くの日本のご両親は、小さい時から子供に英語ができる様にさせて、自分の子に能力を付けさせたい。そういうものの憧れというのは、あなたは損を算出しなければいけない。英語はただ人と交わる為の道具です。あなたの中に価値がある事ではない。でもレッテルを付けていませんか?深くあなたの内のへゲモンを、全部取り出さなければいけないのではないですか?パウロは全部取り出したのです。ベニヤミン族の出身、それはその時代、エリートという意味です。そういうレッテルを付けられているから、「俺は素晴らしい者だ。律法学者の中でも最高のパリサイ人だ。ベニヤミン族の出身だ。どうだ、見たか、俺は価値があるのだ!ベニヤミン族なのだ!」でもイエスを信じた時、「ベニヤミン族なんかウンチだ!」彼は考察して、考えて、自分の内にあったベニヤミン族という価値を捨てたのです。そのプロセスをあなたはしないといけない。皆さんしていますか?例えばニューヨークやロサンゼルスに行ってみたい。何かしらフワーッとした憧れと、何か魅力的なもの。そんなものは何も無い。東京も腐った町です。憧れ、それは漠然とした価値があるとみなしているものです。日本人はやはり、アメリカには劣等感があります。日本は敗戦国という絶望感が昔の人にはあるのです。もう今はだんだん時代が変わって来ましたから、そういう人も少なくなりつつありますが、大体日本人はアメリカに対して劣等感があり、東南アジアの人に対しては優越感がある。それはおかしいでしょ。貧富の差が、プライド、自尊心という価値を付けるのです。それを損と算出していますか?

歴史

日本人は古い歴史がありますから、建造物で有名な寺は、「有名だ、すごい!」神社はただの建物です。だけど私たち日本人は、幼い時からそういうイメージを私たちの思考回路の中に、「有名な神社、あれはすごい物だ!」という風に、私たちには入っているのです。価値無しとみなしますか?古い建造物で、歴史が長いという事だけで、その大学は価値がある。東京大学、赤門とか言って、ものすごく前から建てられた。又、同志社大学、明治の初めに建てられた。そういう有名な歴史が刻まれてくると、人間は、それは価値があるとみなすのです。「あそこの饅頭屋、200年も前から出来ているのよ。あの饅頭、だからおいしい。」私たちはいつもそういう、国立大学。又、有名な私立大学。又、有名な百貨店。又、有名な料亭。老舗のお菓子。それから長く続いている店舗は、暗黙の内に価値があると思っているのです。だからいい大学、有名なそういう建造物、そういうものには価値があるという風に私たちは思ってしまうのです。ものすごく人が行く所には何かがある。けれども皆さん聖書の御言葉は、それらは木で作られた物であり、火がついたら燃やされてしまう物であり、それには価値が無いと言っているのです。建物を、その物を利用して、そこで寝泊りする事は、それは利用しているだけの話で、けれどもそこに付加価値を付けて、それは価値があると思っている事自体、あなたのへゲモンを捨てなくてはならないのです。

資格

弁護士の人は価値がある。価値無いよ。弁護士は職業です。そして普通の皆さんが働いておられるのと同じ様に、そういった仕事が舞い込む時に、弁護士としての働きをしてお金をもうけるだけの事であって、結局はお金の豊かさによって、この弁護士というものに価値を見出しているのは、日本の国です。「へー、弁護士さん!あなたの親戚の誰々さん。」何の価値も無いと、あなたはみなしていますか?それが問題です。あなたの根底に何々さん、資格のある人に、「へー、何か素晴らしい!」と、思っているあなたに問題があるのです。イエス様がもしこの地上を歩かれて、弁護士の人が来た時に、「あっ、弁護士さん!」って、言いますか?そしてラザロの様な貧しい人の時は、「行け、行け!」と、イエスは言いますか?イエスは、そういう資格や能力を持った人に対しても、何も特別扱いをなさらない。その当時のピラトという総督でさえ、彼はイエスを許す権限があった者でさえイエスは、「あなたは私の父が権限をあなたに移譲しなかったら、あなたに何の力も無い。」って、堂々と仰せられたでしょ。すなわち総督という価値に価値無しと、イエスはおっしゃっているのです。皆さんあなたは弁護士と聞いただけで、あなたはすごいと思うのですか?司法書士、行政書士、公認会計士、税理士、医師、看護師、薬剤師、理学療法士、保育士、検察官、裁判官、公務員系の資格では、高等学校教諭免許状(平成29年度、43歳の男で平均年収692万円、女で602万円)あなた方の思いの中にこれがあるでしょ。これに価値があると世が判断したものに対して、パウロは全部価値無しと捨てたのに、キリスト者であるあなたが、こういった物に価値を見出しますか?これらはこの地上で生活する為の利用するべき物であって、これそのものに何の価値も無しと、あなたは全部捨てなくてはならない。これができないキリスト者が一杯いる。会社へ行っている人、40~50歳

ぐらいになったら、役員クラスになるでしょ。馬鹿でもチョンでも。そんなもの価値無いですよ。所がそれに付加価値を付けて、何か素晴らしい者のように、それは結局高慢、自尊心を高める為のレッテルになる訳です。自分は他の人よりも役員だから価値があるとみなしてしまう。それが問題を作り出すのです。人として生きるという事が出来ない生き物になるのです。皆平等でしょ、神様の前に。持っている人は持ってない人に与える為に与えられているのであって、学校の先生というものに価値が無いのだということを理解した上で、それだけのものをいただいている事は感謝です。私たちの家庭だけではなく、教会にも献金しようかと、ここは信仰の領域だから、私はその人に特別にもっと捧げなさいと、それは言えません。なぜか、信仰は皆自分の自主性が必要だから。十分の一献金も皆様々だけれども、それプラス自分自身が多くの物を与えられていると思っている人は、多くの困っている人たちや教会の色んな物に対して捧げたいと思う心を持っていたら、高校の教諭であるという免許証を利用して、素晴らしい事をしているという人になります。当たり前のようにそれだけの物をもらって、いつの間にか自分は高校の教師、それは素晴らしい価値がある。クリスチャンの中でも、自分はそういう立ち位置に立っている。それは素晴らしい。違います、価値無いです。学校の先生、ぜんぜん価値無いです。生活する為の一つの手段です。それだけです。学校の先生になったら、永遠に生きられるのですか?むしろ学校の先生の方が、家庭が崩壊している家が多い。それは当たり前です。必要以上にもらっている事を、正しく管理していないからです。お金は人を狂わせます。そうしたら、お金があればある程、人は不幸になる確立が高いという事です。だからイエス様は、金持ちが神様の国に入るよりは、貧しい人が入る方が簡単だとおっしゃっている。その意味は、価値を付けるからです。お金があるという事に価値があると。ぜんぜん価値ない。だから逆に言えば貧しい人、普通以下で生活しているというような人たちが、もしこの教会の中にもおられたら、その人はむしろそれによって、あなたは自分が価値が無い者だと思う必要は一切ない。あなたはキリストにあって価値があるのです。だから劣等感というものも損を算出しなければならない。今、この世で価値があると思う資格を上げていますけど、これの逆を言えば、国からお金をもらって、精一杯で生活している人たちが一杯いる。その人たちは、「もう自分は駄目なのだ、自分たちはこの世では駄目な人間だ」と、レッテルを貼られているけれども、そうじゃない。その様な人も、神様の前に価値があるのです。でも多くの人は、僕もそうだったけど、小学校しか出ていない両親、又、自分自身もあまり良い高校も出ていない。そうすると自分にレッテルを世の中が貼って来るでしょ。自分はあまり能力が無かった。知識が無かった。それで自分自身に価値が無いと錯覚するのです。そうじゃないです。あなたを賢くするも、普通にするも、標準以下の知識にするのも皆神様です。そして神様は、それによってあなたを価値ある、価値無しと判断しない。皆価値ある。世の中は、資格がある、無しで価値を決める。その世の中であなたは生きているから、あなたの昔の思考回路を全部捨てなければならない。私は言います、弁護士に価値無し。看護師に価値無し。資格を今から取る人、あなたはプライドというレッテルを貼られないようにして下さい。そんなものは価値無いです。金銭的に安定するという確立が高いだけです。病院はこの地球がある限り絶えない。だから看護師や理学療法士や、自分が何か素晴らしい価値があるかのように錯覚するけど、はっきり言って価値無いです。そういうものを目指して、自分はそういうものを取ったら一端の者だと思っているなら、あなたの中に汚いへゲモンがあるのです。資格を取る、これは日本が与えた資格です。神様が与えたものではない。これは生活する為に少し金銭的に豊かになれる為の働きです。何もその人に価値ある価値が無いが決まる訳じゃない。でも上の人はこれによって全部、価値あるか無いか決めるのです。兄弟姉妹、あなたはキリスト者でしょ。そんなものに捕らわれて、自分はまだまだ駄目だとか、親がひどい親だから私はもう本当にひどい者なのだ。私はもう本当は駄目なのだ、でも何とかつっぱって、うまく生きているだけなのだ。そのつっぱり止めなさい。あなたは何もしなくても価値があるのです。どうしてですか?神様によって生まれたからです。それがベストです。

有名大学

東京大学、その他国立大学、有名私立大学・・慶応、早稲田、明治、そのほか。日本は全くの学歴社会です。ですから私立の幼稚園からお受験制度があるのです。何か自分の子供はお金があるという事の故に、人よりも金銭によって人の上に立ちたい。それは、へゲモンです。価値無しです。ウンチです。そういう風なプライドを持って生きている人たちは、ウンチ一杯付けているのに、裸の王様です。神様の目から見た時、大笑いされるのです。あいつはウンチ付けて価値があると思って生きているって。小学校しか出ていない人、中学出て働いている人、あなたは価値があるのです。何で劣等感に捉えられる?それはあなたが損を算出していないからです。私たちは価値無しとみなす。これが、パウロが損を算出するという意味で使った言葉です。だから大学に何の為に行くのか?大学に行く人、あなたは明確に定まった目的があるのですか?親のすねかじって、ただ、4年間、友達やそういうもので、皆がやっているからその4年間楽しんで、それから社会に出る。早く仕事をして、辛い事をしたくないから。あなたはその4年間のその大学の知識によって、何を得るのですか?それよりもむしろ高校から働いた方が、色んな人に係わりを持つ事によって、人格が成長する方がもっと素晴らしいかも知れない。この制度は日本が作り上げた制度です。そして小学校、中学校、大学、大学院、そういうものにレッテルを貼った訳です。パンチネロの様に。それは価値があると。でも聖書は何と言いますか?「すべてのものは、糞土のように思っている」と。もちろん知識があって、あなたはその一つの有名な大学に行く事ができる能力を神が下さっていて、そしてそこで例えば医学の勉強をする事によって、一つの病を完治する為の働きをして、「神様の為に私はそれをやる!」という明確な確信があるなら行きなさい。けれどもそこへ行く事によって、プライドを付けられて、皆と同じ様に遊んで、その中のそういった学生たちと同じ様な価値観をもって腐っていくような生き方をしてはいけないでしょう。何しているのですか?私たちの人生は一回です。神様はそれをテストしていらっしゃるのです。皆さん1年は何日ですか?365日です。10年は、3650日です。100年は、36500日。永遠という領域に比べたら36500日くらい、あっという間に来ます。いつかこの肉体は消えます。この世の物を持って神の国へ行けますか?私は25~30人ぐらい葬儀をしましたが、皆、棺の中に入れた物は燃えてしまいました。「返してー!」って言って生き返って来た人は誰もいなかった。兄弟姉妹、東京大学は価値無しです。イエス様は、はっきりおっしゃいます。「そんな物に価値は無い」と。あなたはその心を持っていませんか?それがへゲモンです。捨ててしまいなさい。それによっていつも人と比べて、自分が上だったら優越感を持って幸せを得るというような何と低いレベルですか。

地位

これもこの日本文化は、ものすごく大事にします。事業家、「えっ、社長さん!」あの芸能人の女の子たちや、俳優の若い女の子たちが、皆結婚しているのは金持ちの事業家と結婚している。それは、事業家に価値を見出したから。全く事業家に価値無しです。社長、価値無し。その思いがあなたの中にありますか?無かったら、問題があなたの中に発生します。そしていつも人間関係が難しくなります。ただ資格を持っている人々の地位こそ、その人に価値があると世の中は定義付けるのです。その中でも、特に国家公務員、国会議員、県知事、市長。国会議員見て下さい。ものすごいお金を貰っています。又、国家公務員でも、次長とか、そういう風な厚生省のトップクラスの人たちは、ものすごいお金を貰っている。そして60歳になって定年になったら、次の所に天下りして、国の事業に行って、そこで又、だからもうその人たちは、お金が豊かにある訳です。それによって、その人たちは全部腐って行くのです。彼らは滅びますよ。誰も神の国に入れないです。イエス様がおっしゃった通りです。「金持ちが神の国に入るよりは、らくだが針の穴を通る方が簡単だ」と、イエス様がおっしゃったという事は、金持ちは神の国に入れないとおっしゃったと同じ意味です。すなわち金という価値観で、神抜きでこの世界を生きた者は、その代償は、永遠の地獄です。神様は、はっきりしています。神様は裁きますよ。だから私たちはどう生きるか36500日。本当に見ておられますよ。だから国会議員や、県知事や、そういう人たちに価値無しです。そこでどういう働きをするかは重要ですよね。でもそのネームバリューに価値は無いです。

スポーツ有名人、芸能人、俳優、有名なアーティスト

野球、サッカー、テニス、田中投手、大迫選手、大阪なおみ選手(11億くらい)この人も狂うよ。どう生きるか、その人の人格でしょ。その職業に価値ある?無いのです。容姿が美しいだけでテレビに出る。テレビに出るから有名になる。これに価値がある。価値無しです。テレビに出ている人、皆、価値無しです。あなたの中に、「価値無し!」と、宣言できるものが無ければ、あなたはその人によって影響を受ける事になるのです。良い悪いにかかわらず。何もかもあなたが影響を受けて育って、不幸な人生を送って来たのでしょ。私たちが影響を受けるのは、神様の御言葉だけです。会社の重役、価値なんかあるものか。何か偉そうにして。もうちょっと40歳、50歳になったら、一端の顔をして。皆ここへ出て来て、「私は価値がありません。」と、言いましょうか。それくらいの考え方が無ければだめです、とらえられたらだめです。私たちはこの地上の価値観で、全部価値無しと、へゲモンしましょう。それが聖書の御言葉です。容姿で価値あり無しではない。だから男性は気をつけなければならない。女性もお金を持っているので結婚したいと思う人、この世の女の子は大部分それです。お金に引かれて玉の輿です。顔がちょっといい。スタイルがいい。いい大学を出ている。給料がこれだけ貰える、だから結婚する。あなたのその価値観があなたを不幸にしているのです。その人が結婚して、その彼がもし事故に遭ったら、あなたはその人を捨てるでしょう。その価値観だから。何が幸せか分からない人たちです、その人たちは。兄弟姉妹、私たちは損を算出していますか?

家庭

環境は様々です。ひどい親の元に生まれて、シングルマザーで育てられた子供もいる。でもそういうものによって、その人の価値ある無しが決まる訳では一切ないのです。だから片親に育てられたから自分は駄目になったとは言えないのです。イエスキリストを信じてなお皆さんそういう価値観、へゲモンを持っているなら、あなたはイエスをせっかく信じていながら、この世に飲み込まれた生き方をしているのではないですか?何しているのですかあなたは。キリストに似る者になるという事は、この世の価値観を全部捨てる事です。そんなものは何の価値も無いと、それを徹底的にあなたの中に入れていただきたい。「私はキリストを得る為に、全てのものを損と思うようになった。」パウロはそう言っています。これが神の御言葉です。

家系

家系が優れている事が、その人の価値につながる。明石家さんま、面白いけど、意味の無い事ばかり言っている。俳優木村拓哉、嵐、もう本当にこの世の中のニュースを見ていたら、狂っているなあと思います。「2年後に私たちは一応休止いたします。」解散したら又、お金儲けできないから、休止しておいたら又、もう少ししたら又元に戻れるだろう。彼らもただの職業です。そういうものに価値なんか無いのです。なのにDVDとかそういう物が、今ものすごく売れている。女の人の感覚的な愚かさ、もう嫌になります。2千円出すのだったら僕にちょうだい、献金します。もう一つぐらい教会を建てたいと思いませんか皆さん。福山ぐらい、総社ぐらい、真備町でもいいですよ。東岡山でもいいですよ。

もう一つぐらいクライストチャーチ何々という所を建てませんか?多くの人たちが滅びに至っている訳でしょう。私たちは彼らを救わなければならない。36500日生きる人もいれば、1日目で亡くなる子もいる。そういう矛盾だらけの世の中で、本当の価値というものは、キリスト・イエスにある価値しか、本物は無い訳です。家庭に於いては離婚している両親がいます。その元で育てられた子供たち、又、財産がある無しで、物事を判断するような人が非常に多いです。又、家系が優れている事がその人の価値につながる。家の両親には金がある。でも腐った様な価値観で、本当に肉の塊の様な両親。ひどい言葉を言い、めちゃくちゃな人生を歩ませて、お金だけが価値があるかのように育てる金持ちの両親もいる。私たちは清くならなければ、御国に行く事はできないのです。だから、「この世では、これらのものは価値が無い!」と、へゲモンしなければいけません。私たちは違う国の民です。私たちはこの世の2百何カ国ある国の民じゃない。私たちはキリスト者です。神の国の民です。あなたはその自覚を持っていただきたい。そうするなら、あなたは世の中の人に対して何の影響も受けない。誰々さんが素晴らしい、毎日レストランに行って豊かな生活をしている。何て事はない。こっちは漬物を食べて、毎日何とか体を維持しているだけでも何の問題もない。イエス様はおっしゃった、金持ちも死んだ、貧乏人のラザロも死んだ。金持ちは永遠の火の池に投げ込まれた。金持ちの家で、その捨てる食物で何とかしのいでいた貧しいラザロも死んだ。彼は、アブラハムのふところ、信仰による民の中に加えられた。これが私たちの勝負所です。信仰を持ちましょう。

 あなたは価値観変えましょう。そして、「あなたは、おかしい人ですね」と、世の中の人から言われてきたら本物です。あなたはこれを算出しましょう。あなたは今日、帰ってじっくり、自分で書いて、自分が一番、今までこの世で価値があるとみなしていたもの、自分がすぐに影響を受けてしまうもの、それが何か書き出して下さい。そしてじっくり見つめて、「これ価値無かった、捨てます!」あなたの意思で捨てて下さい。パウロは自分の意思で、「これ価値無し!」と、捨てた。ベニヤミン族の出身、価値無し。自分は高校しか出ていない、価値無し。「そんなもので自分は影響を受けない。私は神様によって生まれた者である。私は私のへゲモンを皆、この世から出て来たものを価値無しとみなします!」と、宣言しましょう!

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