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今月の礼拝メッセージ

「礼拝メッセージ」

2017年09月 倉敷福音教会 ●和田 修三牧師●




   私が救われたのは18歳の時でした。今73歳ですから、60年近く神様を愛し続けて、その間ずっと神様が私を愛して下さっているのだという、 この思いを忘れる事はできませんでした。ですから信仰生活を今日まで続ける事ができたと感謝しています。ヨハネの手紙の中に、 「神は愛である。」と、ありますね。神様は愛の御方です。けれども神様は、愛だけれども、どんな愛を神様は私たちに示して下さったのかということを知ることが大切ですよね。 神様が私たちを愛して下さっている愛は、イエスキリストを十字架に付けるという愛の姿なのです。ここにいらっしゃる、お父さんの方、お母さんの方、 自分を愛している子供、また、自分が何よりもかわいいと思っている子供、その子を皆さん、「十字架に付けよ」と言われたらどうしますか? 私は自分の子供3人いますけど、もしこのような事を言われたら、私はきっと逃げ出すんじゃないかなあ。もしくは子供をしっかりかかえて、 どこかに隠れるんじゃないかなあと思うのですよ。だけどマリヤはそれをしませんでした。30年間一生懸命育てた、 そして一生懸命自分たち家族を守ってくれたイエスを、十字架に平常な気持ちで送れるでしょうか? 私たちは決してその神様が私たちに示して下さった愛の大きさ、イエス様が私たちに下さった大きな犠牲、そんな事を考える時、 自分が神様に愛されているということは実に大きな事なのだ、そんなふうに私は思えて今日まできております。そういうことで、 今日、少し聖書の中から皆さんにお話をさせていただきたいと思います。



 へブル人への手紙12章1節~3節「こういうわけで、わたしたちは、このような多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、 いっさいの重荷と、からみつく罪とをかなぐり捨てて、わたしたちの参加すべき競争を、耐え忍んで走りぬこうではないか。 信仰の導き手であり、またその完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか。彼は、自分の前におかれている喜びのゆえに、 恥をもいとわないで十字架を忍び、神の御座の右に座するに至ったのである。あなたがたは、弱り果てて意気そそうしないために、 罪人らのこのような反抗を耐え忍んだかたのことを、思いみるべきである。」この1節に、「こういうわけで、わたしたちは、 このように多くの証人に雲のように囲まれているのであるから」と、書かれています。この証人とは誰を指しているのでしょうか? これは11章に出てくる多くの旧約の聖徒たちの事が言われている訳ですね。でもこのへブル書が書かれてから今日まで、 何年ぐらい経っているのでしょうか?旧約聖書の所から見ると、もう2千5百年以上経っている訳ですよ。その当時にして、 この11章を見てみる時に、非常に沢山の人たちの名前が出てきています。私たちはこのように多くの人たちが見守っている、 見守られている。私はさっきここで賛美しながら考えていました。この礼拝堂は広く大きな競技場の中だ。 そしてここはフィールドの中ですね。向こう側に観客がいるのですよ。大勢の人が見ているのです。誰の顔が思い浮かびますか? 12使徒のペテロやパウロやヨハネや、あるいは旧約聖書の多くの聖徒たちが皆さん、この集会を見守っているのです。 私たちはその中にいて、私たちをどのように見ているか?それは人々を批判するように見ているのではないのですよ。 分析するように見ているのではないのです。皆さんに大きな拍手をもって見ているのですね。 「よくやった!よくここまで来たなあ。あなたの人生どうだった?いろんな問題あっただろ?いろんな戦いあっただろう? でもあなたよくここまで来たな!」って、神様は皆さん聖徒たちの心に、あなたの生き方を教えて下さっているのです。 そしてあなたを応援して下さっているのです。何と心強い事じゃないでしょうか。その中で私は一人だけ、 旧約聖書から見てみたい人がいるのですが、それはモーセさん、彼が生まれた時は、イスラエルの人たちが非常に苦しめられていた時代でしたね。 そして王様の命令で、「イスラエルに生まれる2才以下の男の子は殺せ!」という最悪な命令が出される時に生まれたのがモーセでしたね。 そして彼が殺されていれば、私たちはモーセさんという人は知らなかったと思います。でも、お母さんとお姉さんが、 彼をナイル川に流してしまったのです。そしてそれを見つけてくれたのが、パロという王様の娘だったのですね。 このモーセが成人した時、彼は自分は王の子として生まれた、王の子として育てられたのだと思っていましたから、 自分はきっとこのパロ王の後を継いで、王様になれるのだと考えながら生活をしていました。そのためにいろいろな勉強をしました。 色々な訓練も受けました。いろいろな人々の心の中を見る事のできる王様としての権威を、力を得るために、いろいろと学びました。 でも彼はある時、逃げて行かなくてはならなくなりました。逃げて行って、そしてイスラエルの人たちを、もう忘れようと思って、 一生懸命羊を飼いました。でも神様が彼を呼び寄せられた。あなたはもう一度イスラエルのために働きなさいと。呼び寄せられて、 彼がエジプトへ戻った時、モーセの心はどうだったでしょう? 


へブル人への手紙11章24節「信仰によって、モーセは、成人したとき、パロの娘の子と言われることを拒み、罪のはかない歓楽にふけるよりは、 むしろ神の民と共に虐待されることを選び、キリストのゆえに受けるそしりを、エジプトの宝にまさる富と考えた。」新約の時代、 へブル人の手紙を書いた記者はモーセに出会った事はないでしょ!でも彼の気持ちを率直に受け止める事ができた。なぜでしょう? これは皆さん、神様の聖霊による以外何ものでもありません。聖霊に導かれ、御霊に導かれている者は、本当に神様の心を知ることができるし、 そして当時のモーセの心も知ることができるようになる訳ですね。モーセはそのように、罪のはかない歓楽にふけるよりは、 むしろ神の民と共に虐待されることを選び、すなわち自分は若い頃に色んな学者から、色んな先生から、 教えられた事をそんなものは全部へゲモンと捨て去った。そして彼は神様のためにひたすら働こうと決心をしたのです。 神様は一人一人御計画をもってこの地上に私たちを置いていて下さっているのです。モーセもその一人でした。 そして新約聖書に出てくる多くの聖徒たちが、志半ばで石打ちの刑に処せられた方もいました。志半ばで首を切られた方もいました。 志半ばで十字架で、はり付けで殺された方も沢山いました。でも彼らは自分がそのような運命になった事を、 決して神様に不平を言わなかったのですね。それは自分が神様から与えられた使命なのだという大きな神様の慰めと励ましがあったのですね。 愛する皆さん、私たちはそれぞれ生き方はちがいます。それぞれ人生ちがいます。けれども神様の御計画は一人一人にちゃんと用意されておられるのですね。 だから私たちはそれをしっかりと受け止めていく事が大切なのです。信仰とは皆さん、そういう心なのですね。


 私も最初に申し上げたように、もう信仰生活、非常に長くなりました。私の証をさせていただきますと、京都の宇治という所に、 日本レーヨンという会社があったのです。私は18歳の時に、その日本レーヨンという紡績の会社に就職して、 さあこれから仕事しようと思っていた時、一緒に入社した数人の人たちと、「明日から仕事頑張ろうぜ!」と言いながら、 「よし今日は就職祝いで、お祝いしようや!」ということでね、町にぶらぶらと出かけて行ったのです。 そこである女性からトラクトをもらったのです。「何だろう、キリスト教?全然知らない。」でもその時、 何でか分からないですが、友達に、「おい、こんなの貰った!今日夜、何かあるらしいから行ってみないか?」 と、私が声を掛けたら、皆、「ふーん、行かへんわ!」と言って、皆他へ行ってしまったのです。4、5人いたのですけど、 本当に不思議なのですが、私一人だけその集会に参加しました。その時に、もう今は亡くなられているのですが、 京都福音教会の牧師先生が、放蕩息子の話を一生懸命なさっておられたのです。それだけ覚えているのです。 私もひょっとしたらそうなのかな?ひょっとしたら放蕩息子かな?その時、「イエス様を今日信じる人は手を上げなさい!」 と、言われて、私は少しだけ手を上げたのです。それをちゃんと見てらっしゃってね、「手を上げた兄弟、 どうぞ前へいらっしゃい。」と、言われたので行ってみたのです。そうしたら、その当時の若い青年たち、 大学生が3人ぐらい私の周りに寄って来て、その内の一人が座って聖書の話をして、「これから教会に来れるのなら、 続けて来られたらどうですか?」「そうですか、じゃあ私一回教会に行ってみましょう。」と言ったら、平田牧師に紹介されて、 そして初めて私は日曜日の朝、教会へ行ったのです。もう本当にびっくりしました。私が行った教会の礼拝はね、 おじいちゃん一人、そしてその当時幼稚園をしていましたので、幼稚園の先生が3人ぐらい、そして私だけ。 「これが教会か。すごいなあ!」ってね。その時は聖歌しか使っていませんでしたからね。聖歌を何曲か歌って。 もう本当に神様ということが分からなくて、とにかく若い女の人もいるし、きょろきょろと周りを見るだけで、 あんまり興味が無かったのですけれどもその時、神様が捕えて下さったのです。もうね、その集会から帰って、寮に戻った時、 もう何かしら嬉しくて、何かしら楽しくて、仕方がなかったのです。そして大阪に兄と弟がいるのですけど、 兄の所へ訪ねて行こうと思って行ったら、兄の家のポストにヨハネの福音書が入っていたのです。兄は、 「こんなもんいらんわー!」と言って、「ほんな僕もらうわー!」と言ってもらったのです。そして何時間か兄の所で過ごして、 その帰りの電車の中で、ヨハネ伝の小冊子をずっと読んでいたら、全部読み切ってしまったのです。 私はあんなに本を読んだのは初めてです。大阪から京都の宇治まで、電車の中で1時間30分ぐらい、 本当に周りの事を何も気が付かないで、ひたすらヨハネ伝を読み終わったのですね。その時に最初に申し上げた、 神様の愛ということを知るようになったのです。そしてその愛が、ヨハネ伝3章16節「神はその一人子を賜わったほどに、 この世を愛して下さった。」という、この神様がイエス様を遣わされたからこそ、愛を私たちに下さった。 イエス様の犠牲があったからこそ、私は神様の愛を受け入れる事ができるのだと、教会に1回しか行ってないのだけれど、 教えられたのですね。それからもうねえ、3交代勤務でしたから、2日仕事して1日休み、休みになったら教会に行ったのです。 幼稚園の子供と一緒に遊んでいた。そうしたら幼稚園の先生方が、「もう男の人がいたら、本当に子供たち、のびのびするわー! 和田兄弟、続けて来て下さいよ!」と、言われて、「ありがとうございます。」と言いながら行っていたのですね。 そして1年経った時、本当に神様は不思議な方法で、私を導いて下さって、献身したのです。ですから私は神様の愛を本当に感じた。 それを知った時、そして今日まで信仰生活を続ける中で、最初に御言葉を読んだように、多くの人たちが、 雲のように私たちを見守って下さっている。私は誰かに聖書の解き明かしを聞いた訳ではないのですけど、 誰かから聞いた記憶があるような思いがするのです。皆さん神様は御計画をもって私たち一人一人を必ず導いて下さっているのです。 ですからどうぞその事をしっかり覚えていただいたら感謝だと思います。私もそのようにして救われ、 神様の素晴らしい御計画の中で導かれました。その時に大切な事は何か?


 2節「信仰の導き手であり、またその完成者であるイエスを仰ぎ見つつ走ろうではないか。」皆さん、私たちの目標がありますね。 毎日なんらかの生活の目標はあるでしょう。けど、信仰の目標は皆さん、一つです。それは、イエスキリストに出会えるということです。 イエス様にお会いするというこの大きな目標。この目標は、全てのクリスチャン、何万、何十億、いやもっと多くかも知れませんね。 旧約聖書から新約聖書、現代に至るまで、どれだけの多くのクリスチャンたちがあなたを見守っているか、 その全てのクリスチャンたちが、目標としているのは、イエスを見上げて走り続けるという事。イエスから目を離さずに、 ひたすらに歩き続ける、走り続ける。走るという事は辛いようですね。走るという事は大変な事だと思います。走るというのは、 ただがむしゃらに走るのではないのです。無理をしないで、ゴールに向かってひたすらに走り続ければいいのです。 オリンピックの優勝者は、金メダルが目標ですよね。金メダルは4年に1回、ちょっとしか無い訳ですよ。私たち皆、 金メダルを取りたいと思っているかも知れませんけど、そんな欲張りしなくても大丈夫です。だって私なんか絶対無理なんだもん。 だけど、何が必要か?それはゴールをするという事なのですよ。天国に確実に入る、ゴールするまで私たちは毎日無理をしないで走り続ければいいのです。 神様は私たちに決して強引にあなたを引っぱり、むりやりあなたを後ろから押そうなんてする御方じゃありませんから。 私たちを確実に受け止めて下さる。そして、ひどい状態の時には手を取ってまで導いて下さる。疲れた時には、 抱っこしてでも私たちを持ち運んで下さる方じゃないですか?だから私たちは人生にいろいろ問題があって疲れるかも知れません。 困難があって挫けそうになるかも知れません。でもね、心配しないで下さい。イエス様はあなたを確実に捉えて下さっています。 そしてあなたがゴールするまであらゆる手立てをもってあなたを守りたいと、願って下さっています。 この大きな励ましをいただいた時、あなたの走りはゴールに向かって確実に前進できます。私たちの神様は、 決して無理を強いられる方ではないのです。なぜなら、信仰の導き手と書いてあるでしょ。導き手なのですよ。 この口語訳聖書では、信仰の導き手と書いてあるのですけど、新改訳聖書では、信仰の指導者、あるいは教師と書いてあるのです。 神様は私たちに、ちゃんと信仰を教えて下さる方です。あなたの毎日毎日の生活の中で、神様はちゃんと、その日々に合った歩き方を、 あなたにふさわしい歩き方を、あなたに一番いい方法の歩き方を教えて下さる方ですから、だからしっかりと、この導き手である御方、 先生に、ついて行けばいいのです。そしてその完成者であるイエスを仰ぎ見つつ歩き続ければいいのです。他に何を見ましょうか? 皆一杯見えるでしょ。会社で仕事をしていたら何が見えますか?綺麗な服を私も着たいなあって思う人もいるかも知れませんね。 また、男性だったら、かわいい女性を見たら、あんな人と一緒になれたらいいのになあって思うかも知れませんね。だけど皆さん、 世の中の人たちの目は、それで良しとするかも知れませんが、クリスチャンの目は皆さん、仕事はひたすらやります、 でもあなたの目は、その周りのものじゃない。お金でもない。名誉でもない。地位でもない。そういうものは全部捨て去っている私たちは、 ひたすらイエス様を見上げて行く事ができる訳です。「聖書って退屈だなあ。信仰生活って大変だなあ。」と、思うかも知れません。 でもね、退屈でも何でもないのですよ。私がもう60何年、信仰生活をしていますから言えるのですよ。本当に神様に従って、 素晴らしい事一杯あります。


 私はもう一つここで証を言いますけれども、神学校を卒業して、そして副牧師をしたのです。その時にアルバイトをしていました。 アルバイトは何をしてたかというと、日産自動車の下請けの工場で、シートを作る会社だったのです。その当時は、 シンナーで接着剤を使って、それを貼り付けるのですね。それの吹付けの仕事をしていたのです。あの当時、 マスクも何もしていなかったのですよ。そして何か月か経った時、土曜日の夜、「訪問伝道に出かけましょう」と言って、 訪問伝道に出かけて、兄弟の車に乗って、エンジンかけて、「それじゃあ準備しますね。」と、言った時に、 もう私の意識は無かったのです。気が付いたら、病院の酸素テントの中で寝ていました。そして平田先生から後で聞いたのですけど、 「和田兄弟、あなたはもうこの病院から出れないと言われていました。意識が戻ったけど、多分障害が出て動けないでしょう。」 「どこが悪いのですか?」「多分シンナーで頭の神経がやられたのでしょう、もう多分無理かも知れません。」 と言って、そして土曜日ですから、あくる日、日曜日に、私の大先輩の小山兄弟に、先生が、 「小山兄弟、和田兄弟がどういう状態か分からないから、日曜日礼拝に出なくてもいいから、和田兄弟の病室で見ていなさい。 急変したら直ぐ電話しなさい。」ということでね、もう付ききりでいてくれました。そしてその日は何とか過ぎたそうなのですけど、 また、次の日ぐらいに意職が無くなってしまった。そしたら先生が、「これは、だめだ!」と、言われたそうなのですね。そこで、 私の父、母、そして兄弟たち、親戚の人、そして宇治福音教会の兄弟姉妹、かなり広い部屋だったのですけど、そこで一杯人がいて、 その声で戻って来たのです。そして、「僕何でこんな所にいるのですか?」「あなた気を失って倒れたの知らないの?」 イエス様が癒して下さったのです。神様が、こんな私をまだ必要だとおっしゃって下さったのです。 神様はどんな計画を私に持っていらっしゃるのか分かりません。あなた方の人生も、神様に尋ね続けて下さい。 きっと神様は、あなたの一番いい方法で導いて下さるはずですから。信仰って、そういうものなのです。 だから私たちがイエス様を見続けさえすれば、神様はちゃんと導いて下さっている。だからあなたの人生も神様の御手にゆだねるなら、 きっと神様はあなたに一番いい方法を教えて下さるでしょう。「彼は、自分の前におかれている喜びのゆえに、 恥をもいとわないで十字架を忍び、神の御座の右に座するに至ったのである。」 神様の右に座しておられる、イエス様でさえ皆さん30歳まで、本当にいつ亡くなったのか、お父さんのヨセフさん、 早くに亡くなったそうですね。ですからお母さんと、そして弟、妹が何人かいて、でも彼らを養い、母親を助けるために、 彼は大工を一生懸命していたのです。私たちの生きていく姿、そこは決して楽なものではありませんね。毎日毎日、 何でこんな問題起こるのだろう?何でこんな事で悩まなければならないのだろう?何でこんなつまらない事で喧嘩しないといけないのだろう? いつも周りに何か起こるのです。夫婦喧嘩もありますし、兄弟喧嘩もありますし、色んな問題があって、何でなんだろうと思う事があるかも知れません。 でもその中で、私たちが気付く事のできる素晴らしい道があります。それは今言ったように、イエス様を見つめていく。イエス様もそのようにされた。 私たちもそのようにできるのだという、その思いを持つ事ができる時、私たちはそこに勝利をする事ができる訳ですね。3節「あなたがたは、 弱り果てて意気そそうしないために、罪人らのこのような反抗を耐え忍んだかたのことを、思いみるべきである。」私たちは皆さん罪の世界に生きています。 間違いなく。色んな競争の中で生きています。そして間違いなくあなたの人生に色んな問題が起こってきます。クリスチャンになったら「楽ちん楽ちん」 とは過ごせないのですよ。クリスチャンになっても苦労はあります。戦いはあります。そして、「何でだろう!」って思う時があります。時には、 「本当におられるのですか?」って、「本当にイエス様、これでいいのですか?」って思う時があるかもしれませんね!


 最後の私の証ですけど、倉敷に来て、1年目、2年目は順調に教会生活、形はできてきました。そして南町で借家を借りて伝道をしていた時は、 大人の人が5~6名来てくれていました。そして子供たちは30人ぐらい来てくれていました。そうしたら突然、私はまた、病気になったのです。 病院へ行くと、「十二指腸が半分ぐらい塞がっていた。それを手術しないと、ご飯も食べられないし、栄養も摂れないからだめですよ。」 と、言われた。私はその時に「何で?」と、思いました。「神様」倉敷に導いて下さって、本当にこれから伝道できるし、 兄弟姉妹も来てくれているし、本当に感謝だなと思っていたのですよ。そうしたら、ある一人の兄弟が、おじいちゃんだったのですけどね、 「空き地があるから、そこを先生、献品するから、そこへ教会を建てたらいいよ。」「ありがとうございます。神様導いて下さっていたらそうなるでしょうね。」 って、言っていた矢先のそういう病気でしょ。「なんで?」って思うじゃないですか。「どうして?」って。そして1か月弱ぐらい入院していたのです。 そうしたら、礼拝を守る人がいないのですよ、私がいないと、家内も病院通いでね、一人去り、二人去り、子供たちも、誰も来なくなった。 退院して帰った時、日曜日礼拝した時、また、家内と二人きり。「何これ?」本当に失望しました。神様に祈りました。「何でですか?」 でも、神様はね、私はその中で挫ける事なく、不思議な方法で私を支えて下さった。そしてまた、元気を取り戻して始めました。 そしたら前のおじいさんが、入って来られたのですが、親戚の方が、その土地は私にくれと言って、持っていかれて、 もうその土地はありませんでした。そしてどこかもう家を建てないといけないということで、住まいは中庄団地に住んで、 そして集会は会堂が立つまで中央病院の南側の、山之内女子学園の1階を借りてやっていたのです。そうしたら、 周りの人たちが集まって来てくれたのです。本当に神様感謝です。そして献金もそれなりにあって、 会堂建設のために献金も与えられて、じゃあもう準備できるわ、そしてあの今の倉敷の教会を建て上げたのです。 上と下両方でその当時1200万円だから安かったのですけれども、その時は本当に兄弟姉妹が重荷をもって、 一生懸命献金をしてくれて、感謝だったのです。そして私も会堂返済があるし、仕事をしないといけないということでやっていた時に、 営業で、学校給食の食料品を配達する会社に就職していて、バイトしていたのです。その時に私が狭い道の坂を上がっていた時、 前からタクシーが横を見て、ドカーンと正面衝突。私は、川があるから避けられなかった。その時は救急車で病院に運ばれました。 本当にね、「何でこんなに次から次へと困難が来るのだろう。何でこんなに?私はよっぽど悪い事をしているのかなあ?」 と、自分で疑ったりもしました。そしてせっかく会堂も建てたのに。黒崎にいた当時、教会学校で子供が一杯いたのですよ。 多い時は80人ぐらい子供たちが来ていたのです。それでお母さんたちも、クリスマスの時とか、イースターの時とか、 行事がある時は、「準備があるので助けて下さい。」と言ったら、お母さんたちだけで20~30人来てくれていた。 そしてそのお母さんが来てくれた時に福音を語り、そして礼拝も順調だったのですよ。で、その交通事故でしょ。 本当に私はもうどうするか?2回も同じ事。そして私は交通事故を起こして、網膜剥離を起こしました。そしてヘルニアになりました。 ですからもう、3年間、入退院のくり返し。網膜剥離の時は、今みたいに1週間じゃすまないのですよ。 1か月間頭の横に砂袋を置かれて、「首を動かしたらいけない!」と言われて。そして、背中は床ずれができるしね。 もう本当に家内に迷惑かけました。その状態でしたから、もちろん教会も、どうなっていたか分からないし。家内もメッセージする力も無かったから。 結局、若い兄弟たちはどっかへ行っちゃいました。子供たちだけは私が帰った時に、クリスマス会と言ったら帰って来てくれました。 でもそれから日が経つに連れて、私は本当に何かもう自分に自信が無くなってきてたのですけど、神様がそれでも励まして下さいました。 励まして下さったのですが、3度目に今度は自分の娘が、本当に重い病気で戦いました。岡山大学病院のICUに20日間入って、 もう本当に意識が戻るかどうか分からない状態で、無事に戻って来てくれたのですけれども、障害が残って、本当に戦いがあります。 今その戦いの真っ最中です。神様は私に何の計画を持っておられるのだろう?どんな計画が、神様私にあるのだろう? 今だに尋ねています。だけど感謝しています。なぜなら私の故郷は天にある。どんな計画か分からないけど、 神様は必ず道を開いて下さる。3節の最後、「反抗に耐え忍んだかたのことを、思いみるべきである。」と言う、この 「思いみる。」ということですね。神様の事をいつも思い見る。自分の現状はいかであっても、神様を思い見る。 イエス様だって十字架に架かる道を、どんなに苦労して下さったか。どれだけ嘆いて下さったか。どんだけ苦しんで下さったか。 自分の身体の中の全ての血が流れるまで、彼は意識があって、「天の父よ、彼らを許したまえ。」と、祈られた。 あのイエス様の姿こそが今私の中に与えられている。これが皆さん励ましなのです。あなたの人生にきっと、色んな問題が起こって来るかも知れません。 まあ来るでしょう。だけども皆さん、勇気を持ちましょう!信仰を持ちましょう!神様は必ずあなたに必要な道を開いて下さいます。 私たちは自分の明日は見えません。私たちは今日、これから先の事も見えないかも知れません。でも、イエス様の事を思っている限り、 必ず道は開かれてきます。イエス様を中心にあなたの心が主に向けられているならば、あなたの道は安全です。どうぞこの思いを持って、 これからの人生、これからの信仰生活、励んでいただきたいと、心からお願いしたいと思います。