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今月の礼拝メッセージ

「古の日から今日まで」

2017年07月 ぶどうの木教会 ●荒川 未来牧師●




   まず自己紹介をしたいと思います。今日は小国とも繋がっております。と言うのは、今日話す話は、ほとんど話した事のない話で、 ちょっと古の日を覚えて、私も一生懸命考えながら思い出した事があります。その古の日の中で、私と夫が聖霊を受けた時のちょっと後に、 我が愛する夫が夢の中で示された事を通じて、自己紹介をしたいと思います。名前は御存知かと思いますが、荒川と申します。 そして我が愛する夫の名前を先に申し上げたいと思います。浩二と申します。夫が夜11時過ぎだったか、急に、一回寝たのに、 ふっと起きて来て、神様からこういう風に示されたのだと言うのですね。それで、私の名前は未来と申します。 この字を示されたと夫が起きて来て言うのですよ。あの日以来こういう話は一切無い感じなのですが、これを夫は何と言ったかと言うと、 「荒地に川が。」私はこれを今までずっと、「荒れた川」だと思っていたのですね。だけど、「荒地に川が。」「そうだったのか!」 と思って、そして、「聖霊によって、子羊が来た事を告げ知らせる。」ということが来たと言うのですよ。で、その「聖霊によって」 というのは、これを二人で解読した訳です。そうしたらですね、この、さんずいというのは水ですよね。そして「来た」というのは、 未来の「来」ですよね。で、告げ知らせるはここなのですよね。浩二の「浩」の中。それでですね、私は干支にあまり詳しくはなかったのですけれども、 よくよく考えるとこれは「羊」という字なのです。未来の「未」。その事を聖霊によって示されたというか、夢で見たということで、 面白い事があるなというのが始まりだったのですね。



 で、結婚したのはいつかというのを、久しぶりに結婚指輪を外して、虫眼鏡で見てみたら、1994年の7月31日。 非常に暑い日、非常に渇水で、大変だった時に結婚したということが判明いたしました。夫と私はお互いクリスチャンだったのです。 が、なんちゃってクリスチャンだったのですね。私が救われた経緯は非常にシンプルというか、私はこう見えてすごく真面目なのですね。 まあ見る通り真面目で、そして罪の問題に非常に葛藤を覚えていました。「何で私は人を裁いてしまうのだろう? どうして許せないと思うのだろう?」と、いうふうに思ってですね、そして教会に行って、イエス様は私の罪の身代わりに死んで下さって、 そして私の罪を許されたと聞いた時に、そこで感動したのです。「すごい!私の罪は許された!」そして私は永遠の命をいただいて、 「何てすごい!」と、思ってですね。それ以来聖書は読まないというクリスチャンライフだったのですね。その私の祈っていた祈りが、 「主よ、どうぞ共にいて下さい。」ということと、「主よ、御存知の通り私は試練に弱いです。ですからどうぞ試練に合わせないで、 どうぞ何も無い人生でお願いします。」その祈りは毎朝捧げていました。その祈りは、結果的に聞かれませんでしたけれどね。 一応クリスチャンだったということです。


 結婚の事に関心がある若者もいるかと思いますので、結婚についてお話しをしますと、私はパッと見た時に、 「ああーこの人、優しそうだな!きっと幸せにしてもらえる!」自己中ですよね。その領域で、私の方から言ったのです。 何気に、何か食べながら、「あなたのお嫁さんにしてもらおうかな!?」って言ったのですよ。めちゃめちゃ軽いですよねえ。 私の夫は非常に真面目で、当時その頃学生だったのです。彼は帰って真剣に祈ったそうです。そうしたら御心だと示されたと言うのです。 私の夫にそうやって、「お嫁さんにしてもらおうかなあー!?」と言った次の日に、なんと私に別の人がプロポーズして来たのです。 実は気になっていた人だったのですね。ここで明かされる真実ですが、教会員も初めて知る話です。でも私は自分の方から言っときながら、 「すみません、無かった事にして下さい。」と、そこまで不誠実になれなくて、それで私は、「ごめん、もう結婚の約束をしてしまった」 と言うと、びっくりしましたけれども、それからその人とは、もう一切連絡を取らないようになりました。


 なのですが、何か気配がして来るのですね。私の、「苦しい事がないように!」という祈りが、 「何かいけない、このまま結婚すると何か良くない事が起こる。」という、そういう予感がしたのですね。そして夫に、 「やっぱりこの結婚、考え直そうよ。」と言う話を私の方からしました。3年も待たせておいてですね。そうしたら夫が、 「僕はこれは神様から御心だと聞いたんだ!」と言って、譲らないのです。すごく悩んだ末、牧師先生に相談したのです。 そうしたら、その牧師先生は男性なのですけど、「あなたねえ、あのねえ、肩とか触られると嫌かなあ?」と言われ、 「いや、そういうのは別に。」「あっ、じゃあ大丈夫だ!」「そうなのですか?じゃあ大丈夫なんですか?」と言う感じで、 まあ結婚いたしました。


 そうしてですね、広島に結婚当初は行きました。で、実は私は岡山に家があるのですが、これは父が、 本当は九州なのですけれども、岡山を見て、きれいだなあと思って、ここに住もうと決めたのです。今思えば、 それが無かったら、久松先生との出会いは無かったと思うと、父がここに住もうと思ったのも、主の御手の中にあったと思うのですけれども。 夫は教団の運営する学校の職員だったのですね。そして私は、仕事と教会が一緒というのはどうかな?というのがあって、 「もう止めたら?熊本に受け直したら?」と、いつも軽く言ってしまう。私はその時は営業の仕事をしていて、 トレーナーという感じで、部下が何人かいるような感じだったのですけれども。やっぱり結婚したらどうもうまく行かないというか、 私の苦手な人が周りに置かれるという感じがあって、部下も大阪にいた時は、かわいい部下たちだったのに、広島の時は、 もう全然かわいくないし、本当にもううんざりしていて、そして仕事も非常に不真面目な仕事ぶりで、広島の方に会う機会があったら、 一度お詫びしなければならないと思うぐらい、本当に不真面目だったのですね。で、まあ「熊本に行ったら?」ということで、 転職を勧めました。で、夫は試験を受けまして、私は仕事を止めていたのですけれども、実は夫がその試験に不合格、 「なんでー!?」と、私が言ったら、「簡単に言うけど、そんな簡単なものじゃないんだよ!」と、彼はいつも石橋をたたいて渡るようなのですけれども、 私はいつも、「行け、行け!」と言う感じだったのですね。それでもう結局、子供がいて、二人で無職という。その時は、「二人で無職だね。」 という感じで。そして夫の実家に1年半ぐらい同居する事になりました。私は核家族だったものですから、熊本の田舎だったのですね。 私は嫁教育を全く受けていない者でしたので、非常に戸惑った訳です。そして紹介される時に、「家の嫁です」と、言われると、 何か自分自身が消えて行くみたいで、「いえ、私には名前があります。未来と言います。」と、いうふうに、非常に抵抗していた。 何かやっぱり合わなくて、色んな問題が起こって来て、やっぱりこの結婚をして、周りに私の苦手な人ばかり置かれて、 そしてやっぱり、うまく行かなくなってきた訳ですね。そこで、もう本当に葛藤しました。子育ての悩みと、 やっぱり誤解があるのですね。私たちが良かれと思ってした事が誤解されたりとか、うまく行かないという事がずっと続いて、 そういう中で、私が夫に対して怒りでいつも身体が燃えている様な状態。許せない思いで、もう爆発寸前。 そして夫が翌年に採用されまして、熊本の中の八代という場所に移動になりました。で、私は八代の3年間というものは、 私の人生の暗黒時代。八代に御住まいの姉妹には申し訳ないのですが、熊本大嫌い。八代も大嫌い。 「何なんだここは!なんで私はここにいるんだー!」と、叫び声を上げるぐらい、そういう状態で過ごしていました。 その時に娘を妊娠したのですね。その6か月ぐらいの時に、右目が出て来て、左のまぶたが下がるという奇病に罹りました。 八代の眼科に行ったら、「もしかするとこれは脳腫瘍かも知れない。もしくは悪性のリンパ腫かも知れない。 もしかしたら甲状腺かも知れない。すぐに大きい病院に行って下さい。」という風に言われて行きました。その時に、 「赤ちゃんは産めないのですか?」と、聞いたら、「赤ちゃんは、あきらめていただかないといけません。」 というふうに言われたのですね。その時に私は、「あきらめられない!」と思って、MRⅠを撮って見たら、 脳腫瘍ではなかった。そして血液検査もして、悪性リンパ腫でもなかった。でも病院の先生は、 「これはステロイドを打って、1か月間入院しないと腫れは引かないので、入院しましょう。」という事になって、 その時にちょうど授乳中だったものですから、なかなか娘を離せられないで、「1か月、3か月、6か月待って下さい。」 という中で、どうせ入院しなければならないのだったら、岡山が実家だから、岡山で治療しようという事になって、 そして岡大の大学病院に移りました。その時の診断は、「重症筋無力症」という診断を受け、難病手帳を貰って、 そしてそれを見てみると、「心臓と肺が機能しなくなって、死に至る。」と、書いてあって、「あー、何て病気なんだろう!」 と、思ったのですけれども。でもしばらく経過観察をしながら、過ぎていたのですね。そして岡山の実家にいた時に、 ある姉妹が私の所を訪ねて来て下さいました。そして、「未来ちゃん、聖霊って分かる?」って、言うのですね。 「ええ?聖霊ってほら、父、御子、御霊の、あの聖霊?」と、私が聞くと、「うん、その聖霊。」それしか分からないという。 私は聖霊という存在を、全く知らずに過ごしていたのですね。その中で彼女が一杯、色んな テープを、糸賀先生のメッセージテープとか、他の教会の先生のメッセージテープとか、コングレスに関するものとか、 とにかく沢山、聖霊に関する本を読みました。それらを読む前に、彼女が、「この聖書という本はね、未来の私たちの為に、 未来のあなたの為に書かれたんだよ。」と、言ったのですよ。「未来の私の為に書かれたんだよ!」って言った時に、 「えっ!これは歴史じゃないの?えっ!これは私の為!?」って。そこで、大きな鱗がポロッと落ちたのです。で、 彼女は純粋なクリスチャンとして、真面目に歩むタイプでした。だから私が、「もういやだ、結婚を解消したい!」って、 言っているのを聞いて、「この人は何を言っているの?」という風に思っていたのですけれども、私がその日の夜、寝る時に、 「今日彼女が言った言葉が本当だとしたら、私は何という思い違いをしていたのだ」と思った時に、自分から悪霊が出たのが分かったのです。 悪霊というのは、私たちの人格にぴったりとくっ付くのです。だから許せない心を持っていたら、皆さんの心にぴったりとくっ付いて、 あたかも私であるかの様に、でも私ははっきりと感じました。「お前ももう少しで破綻だったのに、残念だ!」と言って、 出て行ったのですよ。だから皆さんも、ついつい許せない心とか持ったら、すぐ、シューッと来ますよ。よーく見ています。 本当に見ています。だからいつも、今日久松先生が、「主が聖であるように、私たちも聖です」と言われた様に、 私たちが主の前に出る生活は、大事な姿勢だと思いますね。


 今思えば、あの療養中、岡山にいたという事が、非常に大きくなっていくわけですね、後にBTGに繋がるにあたって。そして、 「私は聖霊を受けたい、聖霊様どうぞ来て下さい。異言が出たら、私は奇跡を信じますから。」  使徒行伝2章1節~4節「五旬節の日がきて、みんなの者が一緒に集まっていると、突然、激しい風が吹いてきたような音が天から起こってきて、 一同がすわっていた家いっぱいに響きわたった。また、舌のようなものが、炎のように分かれて現れ、ひとりびとりの上にとどまった。すると、 一同は聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、いろいろの他国の言葉で語り出した。」この事を、いつも物語だと思っていたのです。 でも、聖霊の学びをした時に、寝る前に、「下さい!下さい!」と祈っていて、与えられたのです。聖霊様の本を読んでみると、 「あなたが下さいと祈ったならば、それはもう与えられているのだ。」だから祈る祈りは、「ありがとうございます。」と、 祈るべきだと書いてあったのですね。それで私は寝る前に、布団の上で、「神様、聖霊をありがとうございます。 異言をありがとうございます。」って、祈った瞬間、ダーッと口から出て来たのですね。私は、「すごい!」と思って、 感動しました。今まで、クリスチャンてこんなもんだと思っていたものが、違った。私の療養期間、車で送り迎えしてくれていた夫に、 私はずーっと聖霊の事を話していて、「すごいよ神様、こうこうこうでね!」で、2か月ぐらい経ったある日、夫も布団の上で、 「べらべらべらー。」ってね。ですので、どこでも聖霊は受けられます。皆さん制限をかけないで下さい。どこかの集会でしか受けられないと思わないで下さい。 どこでも受けられます。神様は奇跡を本当に行われると、信じて受け取っていただきたいと思います。


そしてですね、噂に聞く糸賀先生にも会う機会があって、「あなたが聖霊を布団の上で受けた方ですか?」ということで、 初めて糸賀先生とも御会いして、それから糸賀先生の集会とかに、ちょっと顔をのぞかせていただいたり、 学びのテープを聞かせていただいたりとかしていたのですね。で、大学病院にも通いながら。ある時、 大学病院の先生が転勤されて、新しい先生になられました。私のカルテを御覧になって、そして私を診察して、 「うーん、重症筋無力症じゃないかもね」と、言われたのですよ。「治っているんじゃないですか?」って。 普通治らないのですけれどもね。その時に、清輝橋の電車に乗っている時に、バーンと来た御言葉が、詩篇103篇1節~だったのですね。  詩編103篇1節~5節「わがたましいよ、主をほめよ。わがうちなるすべてのものよ、その聖なるみ名をほめよ。 わがたましいよ、主をほめよ。そのすべてのめぐみを心にとめよ。主はあなたのすべての不義をゆるし、 あなたのすべての病をいやし、あなたの命を墓からあがないだし、いつくしみと、あわれみとをあなたにこうむらせ、 あなたの生きながらえるかぎり、良き物をもってあなたを飽き足らせられる。こうしてあなたは若返って、 わしのように新たになる。」この御言葉が、バーンと来たのですね。「命を墓の中からあがないだして、いやされた! あっ、本当に私は主にいやされていたんだ!」というふうに思ったのですね。その時には分からなかったのですけれども、 私たちが癒しを受ける目的は、久松先生が預言でも言われた、唯一の目的の為に、働く為に癒しを受けるのです。 癒される為に癒しを受けるのではないのです。皆さんの中にその大きな視野を持っていただいて、 そして癒しを受けていただきたいなと思います。私を癒した目的は、主が栄光を受ける為です。主の栄光が現れる為です。 その目的の為に皆さんも癒しを求めていただきたいと思います。


 私の人生は、こんがらがった糸がぐちゃぐちゃになって、大きくなって、もうこんな人生ポイッて感じだったのですよ。 それを神様が拾って下さって、そのレールの端っこを持って、サッと解いて下さった。そういう解放感を感じたのです。 そして何年ぶりかに深呼吸した様な、そんな気持ちになりました。本当にその時の感動、私が家庭集会を持つきっかけになったのは、 その感動なのです。こんなにいいものとは知らなかった。今まで宗教的で、「私の罪を許して、死んで下さったイエス様。」 だけだったのに、こんな素晴らしい、解放と命、全然知らなかった。この感動を誰かに教えてあげたい。 という思いで始まりました。ちょうどその時、小国に夫の転勤で移っていたのですね。その時、あゆみ伝道師がたまたまどこかでお友達になった人が、 私の家の裏の斜め後ろに住んでいたのですね。で、あゆみ伝道師がその人を訪ねて来たのです。たまたまその時、私は裏で草をむしっていたのです。 「なんか留守だったみたいです。」と、おっしゃったので、私が、「そうだったんですね。ついでに家で、何もないけどお昼食べて行かれませんか?」 と、言ったのです。そして出したお料理が、インスタントラーメン。それが良かったんですって。「何も無いですが。」 と言って、いつもあゆみ伝道師が行っている方の所は、「何も無いです。」と言いながら、「あるじゃん」と言うね。 「何も無いです。」と言って、あれば良かった。でも本当に何も無かった。本当に言葉と行いが一緒であった。 それで彼女は心を開いて下さったというか。だから皆さん、別にお料理の賜物が無くてもいいのです。 本当に人々を導くという事は、皆さんの内側に感動があれば、それが伝わって行きますから。御霊に感じるという事はすごく大事な事です。 皆さんが感じるのではなく、御霊に感じて。表側の草を私が取っていたら、彼女と会う事はできなかった。でもたまたま裏の草を取っていて、 たまたま彼女が来た時、神様の時だった。イエス様が ちょうどエルサレムに行かれる時、その時と同じ。だからそのタイミングが合うには、御霊に感じるしかないのです。 皆さんの周りに通っている人、その方が皆さんを通して導かれる人かも知れないのですね。私は最近、植木の刈込をした時に、 モズがいたのですね。モズの雛が餌を求めて、ずうっと鳴いているけど親が来ないというのを体験して、すごくもう、 いてもたってもいられない気持ちでいました。皆さんの周りにも、そういう方いらっしゃいます。 そういう方の所に皆さんも感動を、「神様すごい!奇跡を行われる方!」本当にそうですよ。もう奇跡の連続ですから。 私たちの教会も、導かれる方が、なぜか小国に集合なのです。私ではなく神様がそこに集められたのです。 まだその時にはデイビー先生の、神の国のチーム作りというか、リーダーシップについては学んではなかったのですけども、 あゆみ伝道師と、もう一人、本当に私が愛した方がいたのですね。その方と、3人ですよ、リーダー。 あゆみ伝道師の導かれていた人も愛して、一緒に歩んで行こうと思っていたのですが、その方が、 あゆみ伝道師のあるたった一言につまづいたというか、聞くとびっくりすると思います。牧師先生がNTMから何か行事がある時だった。 で、あゆみ伝道師が、「そっちの保育園の行事に行くより、こっちに来た方がいいんじゃないかなあ?」と、優しく言った。 私もその時言いました。もうそれにカチンと来ちゃって、一生懸命とりなしをしました。「でもね、今あるのは、 彼女が導いてくれたからだよね。」とか言いながら、でもやっぱり最終的に彼女は許せない心を握って去って行きました。 ですから皆さん、許せない心をすぐ離して捨てて下さい。水洗トイレがあるでしょ。そこに流して下さい。 いつも綺麗な状態にしておく事が大切です。悪魔は許せない心が大好きです。その餌食になります。 そして知らない間に入り込まれて、自分がそういう人間だという風に、思い込まされてしまいます。 だから激しい霊の戦いがあります。先程モズの話をしましたけれど、モズも最終的にカラスに食べられてしまったのですけれども、 傘のちょっと紐がゆるんでいたのを確かめて、取って行きましたよ。だからいつも皆さんの周りにうろうろしながら、 つまづかせるもの、そして許せない心、あの兄弟がどう言った。木村先生がああだった。そういう事について、 そういう思いに至らせようとします。だからそこをしっかりと見分けていただきたい。私はさっきの話で、 その彼女が去って行く時に、本当に泣きました。ここしばらくそんなに泣いた事がないというぐらい。 その時に神様から聖書を開くように示されました。


 Ⅰサムエル16章1節 「さて主はサムエルに言われた、『わたしがすでにサウルを捨てて、イスラエルの王位から退けたのに、 あなたはいつまで彼のために悲しむのか、角に油を満たし、それをもって行きなさい。あなたをベツレヘムびとエッサイのもとにつかわします。 わたしはその子たちのうちにひとりの王を捜し得たからである。』その御言葉が示されたのです。「いつまでサウルのことで悲しんでいるのか。」 と、思ったら、その日の内に、幸子伝道師が私の所へやって来て、「あのー、聖霊を受けたいのですが、いいでしょうか? 何か頭の上でパチッて割れる気がするのです。」あらっ!これはこの御言葉の通りに、 「もうあなたシフトしなさいということなんじゃない?」と、いうふうに示されました。そして今の中核になる リーダー、2トップが誕生したということなのですね。そしてその時は別の教会に行っていました。最初の教団から、 実は教会を2回変わっているのですね。1回目は、やはり聖霊派だからということで、聖霊派の教会に行ったのですけども、 私が導いていた方が、「洗礼を受けたい!」と言っていて、「ぜひ牧師先生と話しましょう!」と言って、話をしてもらって、 牧師先生と話し終わって出て来た時に、「いつでもいいかな?」って変わっていた時に、牧師先生といったいどんな話をしたのだろう? 入るまでは、「洗礼を受けたい!」と言っていたのに、「どうして?あれー?」と、悩んでいた時に、 もう一つ教えてもらっていた教会があって、「そこに行ってみようかなあー。」と思って、そこに、 3年ぐらいいる事になりました。皆さん、よくよく注意していただきたいのは、教会を変わるという事は、 皆さんここで生まれたら、ここの家族なのですね。もし教会を変わるとしたら、そこに真理は教えられていない。 神様が動かされるまでは、絶対動いてはいけないですね。安易に自分と合わないからとか、あの人と喧嘩したからとか、 許せない心で、あの人と会いたくないからで移ったら、皆さんのその後の歩みが、とたんに不明になります。それだけは言えます。 その話が、実は今日のメインなのですけれども。私がどの様にしてぶどうの木教会に移ったかという事なのですね。 ぶどうの木教会という名前は、かわいい名前のように思えるかも知れませんが、実は非常に戦略的な名前なのです。


ヨハネによる福音書15章1節~2節「わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。 わたしにつながっている枝で実を結ばないものは、父がすべてこれをとりのぞき、実を結ぶものは、 もっと豊かに実らせるために、手入れしてこれをきれいになさるのである。」5節「わたしはぶどうの木、 あなたがたはその枝である。もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、 その人は実を豊かに結ぶようになる。わたしから離れては、あなたがたは何一つできないからである。」8節 「あなたがたが実を豊かに結び、そしてわたしの弟子となるならば、それによって、わたしの父は栄光をお受けになるであろう。」 ぶどうの木教会というのは、豊かに実を結ぶ、それは、行って豊かに実を結ぶというビジョンの中で、その名前がありました。 その時に行かしていただいている教会の中で、私は自分で、「ぶどうの木教会」と、名前を付けていたのですね。 そしてその教会にいる時に、私が非常に感銘を受けたメッセージの一つに、Ⅰサムエル記24章4節~6節  これはダビデがサウルの着物の裾をこっそり切り取った所ですね。その後、5節~「しかし後になって、 ダビデはサウルの上着のすそを切ったことに、心の責めを感じた。ダビデは従者たちに言った、主が油を注がれたわが君に、 わたしがこの事をするのを主は禁じられる。彼は主が油を注がれた者であるから、彼に敵して、わたしの手をのべるのは良くない。」 この事についてメッセージをされたメッセージが、非常に私の心にインパクトを与えたのですね。正しい権威と正しい秩序。 まあ皆さんご存知のように、サウルというのはひどい王様でした。でもダビデは、サウルは主に油を注がれた王だから、 だから私はそのサウルの着物のすそを取ったり、水差しを盗んでしまったり、その事を悔やんだ、ということ。 ここにはとても大事な原則が入っているのです。例えば木村先生が自分の事を理解してくれなかったという時に、 腹を立てるのか、それとも木村先生は主から油を注がれた方だから、と思うのか?そこで大きく変わってくるのですね。


 ある時神様から小国で集まるという事を示されました。それはその教会から出るというつもりは全く無くて、 逆に牧師先生は喜んで下さるかな?というふうに思ったのですけれど、ここも誤解に誤解が重なって、 小国で集まるという事は許してもらえなかったのです。私はやはり、神様が立てられた権威として、その先生は、 「行くな!」っておっしゃったのです。私は待ちました。神様に祈りました。「主よ、どうぞ牧師先生の口を通じて、 『行っていいよ。』と言う、その一言を下さい。」と、祈りました。御心ならば。「でもそれが無ければ、私はここに残ります。」 と、祈りました。そうしたらですね、ある時、礼拝が終わって、呼ばれて、2階の部屋に行って、ちょっと話をして、 「うん、いいよ、行って。」と、言われたのです。私は、「いいんですかー!ありがとうございます!」と言って、 もう次の週から小国で集まったのですが、その日が何と、2007年の5月13日で、BTGが発足した日と全く同じなのです。 鳥肌ー!神様が時を用意していた。今年の5月の13日で、ぶどうの木教会は10周年になります。 ウッドロフ先生のDVDを皆で見る事になって、「あのね、このDVDを色んな牧師先生が御覧になって、 なかなか分からないとおっしゃるらしいけど、皆さんちょっと覚悟して一緒に見ましょうね。」30分、40分見ている内に、 いったん停止して、「何か、分からないというか、抵抗ありますか?」「いえ、全然。」という感じで、「そうですか、 じゃあまた続きを見ましょう。」という感じで、ウッドロフ先生のメッセージを、皆違和感がなかったのですね。 それはなぜかと言いますと、私が小国で集まる時に、聖霊様が、「パウロに聞け!」っていうふうに言われ、 パウロ書簡からキリストの身体を建て上げていたのですね。そのパウロの言っていることと、ウッドロフ先生の言っていることが、 本当に一緒だったのです。違和感がなかったのです。だからこれは神様の御業ですよね。そしてウッドロフ先生から神様の聖さを感じました。 なので、そこで、「アーメン!」だったのですね。


 そして久松先生との出会いが、2008年11月、久松先生が小国まで来て下さいました。渓谷の横を走るバスに乗ってですね、 小国まで来て下さったのです。でも実はですね、その前に、糸賀先生の所で、よく私は交わりをさせてもらっていたのですけれども。 糸賀先生がおっしゃった言葉に、「えー!」って思って、逃げて熊本に帰った事があったのです。その後1週間ぐらいして、 久松先生からお電話があって、「今度小国に行きたいんだけれど。」と、言われた時に、すごくこわくなっちゃって、 でも本当は大事な関係なのですね。その関係をつくらないように敵は妨害する。私にこわいという思いを起こして。だから、 「おことわりの電話を入れようかな?どうしようか?やっぱりでもな?」みたいな感じで、何度も葛藤しながら、 でも来ていただいたら全然こわくなかったのですけれどもね。神様は関係を試されるのです。皆さん自分の唯一の働きに入る為に、 神様からの許しがあって、試みに会うという事があるということを、覚えておいていただきたいなと思います。  マタイによる福音書4章1節「さて、イエスは御霊によって荒野に導かれた。悪魔に試みられるためである。」 すごく大事な所なのです。それは神様の御手の中にあって、許されて、その試みがあるのです。だから私と糸賀先生の関係も試されました。 そして久松先生との関係も試されました。皆さんの中に、関心を買いたいという思いがあったら、それに死なないといけないのですね。 人に認めてもらいたいとか、理解されたいという思いも捨てましょう。理解しましょう。木村先生が何か気に入らない事を言った。 それに腹を立てるのは止めましょう。そしてそれに何か傷ついた時に、他の姉妹に、「もうねー、木村先生がねー、 こういうこと言った、私も本当に傷ついた。」 とか言って、話さないで下さい。皆さん賛美しているでしょ。「鷲の様にー」ってねえ。そう言って賛美しといてね、 そういう事があったら飛んで来て、鶏になって、つつき合うのは止めましょう。隣にいらっしゃる兄弟姉妹は、 イエス様が死んで下さった大事な方ですよ。そして木村先生は主が油を注いだ方です。木村先生が、 「聖書のエレミヤ書の何ページ開いて下さい。」と言って、エレミヤ書を開くのが一番遅かったとしても、 「うわー、木村先生まだ開けてない。」って、思わないで下さい。「私の方が早いわ。」とかね、思わないで下さい。 本当に私ね、今の祝福があるのは、その時の牧師先生の「いいよ。」って言うまで待ったからだと思っています。 それが原則なのですよ。だから原則から外れて、神様の祝福はありません。もうどんな姿であろうが、どんな形であろうが、 油を注がれた方に対して、ダビデが本当に、そこに主を認めたように、皆さんが一致して行くならば、神様の御栄光が現れます。 そしてそこは豊かな草のある場所ですよね。他に行く所はないのですよ。連れて来て下さい、たくさん。 もう、ピーピーと泣いている方を連れて来てあげていただきたいと思います。だから皆さん、本当に神様の御計画の中に入るという事は、 皆さんの肉の目に死んで、肉の思いに死ぬということなのですね。そこをしっかりと見ていただきたい。 ベールの向こう側を見ていただきたいと思います。この起こっている出来事、その試練、試み、そしてこの苦しみ。 私の最初の祈り、「苦しみに合わせないで下さい。」という祈りは聞かれませんでした。主の御心だけが成るのです。


 イザヤ書48章10節~11節「見よ、わたしはあなたを練った。しかし、銀のようにではなくて、 苦しみの炉をもってあなたを試みた。わたしは自分のために、自分のためにこれを行う。どうしてわが名を汚させることができよう。 わたしはわが栄光をほかの者に与えることをしない。」今日久松先生の預言にあったように、私たちには唯一の働きがあります。 独特な、ユニークな働きがあります。皆さんそれを、キリストの身体全体として担っています。ウッドロフ先生は、 誰一人要らない人はいない。皆さん一人一人が、このキリストの身体の中にあって、欠けてはならない存在なのですね。 そこをしっかり見て、そして、自分が置かれている試みも、神様が私を苦しみの炉で錬って下さっていると、 その鷲の目で見て下さい。鶏にならないで下さい。鶏になって恐れて、そして喧嘩して。鶏って知ってます?喧嘩して、 毛をむしり合いますからね。そういう攻撃をし合わないで下さい。私たちは神の軍勢として、共に向っているのですよね。 共に向って進んでいるのに、後ろから弾が飛んで来たらどうしますか?兄弟姉妹、後ろから撃たないで下さい。お願い致します。 分かりました?今日お伝えしたいことは、本当にその働きに入る前、もしくは、あなたの唯一の働きに入る前には、 必ずその試みに会うのだということ。それを神の目で見るということ。そしてコングレスは関係がとても大事です。 この重要な関係は、必ず神様が試されます。その試される方法が、誤解かも知れない。でもいいのですよ、誤解、 ウエルカムじゃないですか皆さん。皆さん言いましょう。「誤解、ウエルカム!」誤解される、それがねえ、 神様の素晴らしい炉ですよ。そこで皆さんが、その誤解の中で、不平不満を言うのか、昔の私みたいに。文句、文句、 文句が蛇口から漏れている状態なのか、もしくはこの誤解を神様の目で見て、一緒に、「あっ、今私はここに置かれている、 ヨセフの様に、牢獄に居ながら腐らなかったのは、神様の御計画を見ていたからでしょ。共に進んで参りましょう。