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今月の礼拝メッセージ

「一つになろう」 

2017年03月 ●糸賀 夕紀子牧師●




   あちらこちらで皆様とはお逢いしていただいて、お交わりしていただいているので、本当に自分の家のように感じます。 いつの間にこんなに子供が増えたことやら、私の教会はもっとこじんまりしているのですけれども、感謝です。

 まず、糸賀ヒストリーを聞いていただきたいのですけれども、私はクリスチャンになるまでは、非常に平和な生活をしていました。 家庭も職場も友達もまあまあ。非常に楽な生活をしていたのですね。ところがイエス様に出会った途端に、 私の試練と苦悩の人生は始まるわけです。27歳の時にカナダで救われました。28歳で聖霊のバプテスマ。 31歳で日本に帰って来ます。そこから6年間、37歳まで東京で働きながら、新宿シャローム教会で様々な奉仕をさせていただきました。 本当にありとあらゆる奉仕をさせていただいて、そこで土台ができたかなというふうに思います。38歳の時にフィリピンに開拓伝道に行きます。 友人と二人で、誰も知らない、何も無い。ただ旅行ケースを一つさげて、ポーンとフィリピンに飛ぶわけですね。どこで教会を始めようか。 フィリピンのどなたに手伝っていただこうか。何にも無い。友達二人でスーツケースを提げてフィリピンに行くわけです。 とりあえず田舎の小さな教会の、知り合いの牧師先生がおられるので、そこでちょっと場所を探すまで泊めていただこうということで、 畑の中にある教会で、2週間程泊めていただきました。日本を発つ時に台風で発ちまして、その台風がフィリピンにまでついて来まして、 フィリピンに着いた時にはものすごい台風だったのですね。日本で見送って下さった方がマフィンをくださっていて、 それをスーツケースの中に入れていたので、夜中にお腹が空いて、「食べようか!」と言って、マフィンを夜中に食べまして、 そして何か寒いなあと思って目が覚めましたら、床中洪水だらけ、おまけにマフィンの食べかけをテーブルの上に置いていたので、 もう蟻の大群がドーッと来ていて、次の朝、「お風呂に行こう!」と言ってシャワー室に行くと、蛇口をひねると、 お湯が出ないのです、お水しか出ない。「えー!どうやってお風呂に入るの?」と言ったら、ドラム缶みたいな物に水が溜めてあって、 水風呂なのですね。見張りが立ちながら、その辺に大きなガマ蛙が鳴いていて、「うわー!すごい所に来たなあ。」 そこからが苦悩の始まりですね。ご飯を食べると蟻が入っているし、もうネズミが走りまわるし。で、 向こうのゴキブリは空を飛ぶのですね。「うわー!すごい所に来たなあ。」という感じでですね。 まだまだ一杯あるのですけれども、これで私のフィリピンでの6年間の生活が、どんなものだったかお分かりいただいたと思うのですけれども。 フィリピンで6年間おりまして、45歳で、岡山で開拓伝道を始めます。そして今に至っているわけですね。それだけ聞いても、 変な人だなあと思われるかも知れませんが、私も自分で変な人だと思います。もう何人(なにじん)か分からなくなりまして、 でも皆さんと同じ、私たちの国籍は天国人ですから感謝します。それが私の地上での歩のヒストリーなのですけれども、 皆様にお話しさせていただいたように、イエス様に出会ってから、私の本当の困難、苦しみが始まるわけです。 それまでは楽な人生を歩いていました。

 二つ目は、変革の旅を少しお証ししたいと思います。本当は何が言いたかったかと言うと、ここからこの変革の旅という所をお証ししたいなと思いまして、 以上の事を話させていただいたのですけれども。私がクリスチャンになる前は、私ほど優しい人はいないし、私ほど良い人はいないと思っていたのですね。 クリスチャンになりまして、聖書を読み始めた時に、本当に聖書って心の鏡ですよね。聖書を読むと、自分の心の中がどんどん自分で見えてくるのですね。 それまでは、私は人に親切、私は良い人という鎧兜があって、自分の心の中が見えなかった。でも聖書を読んだ途端に心が見えるようになって、 本当に私って汚い、こんなに汚い人いるのだろうか?というふうに変えられました。聖書によって、自分は汚い、 罪だらけということを知らされただけではなくて、周りの方々からも沢山教えられました。カナダで救われまして、 そして私を導いて下さった方がおられるのですけれども、その導いて下さった方がしばらく経ったら、 「糸賀さんにはサタンが憑いている」と。「へー!?」って。「あの人はサタンです。」という感じで、すごく厳しく言われて、 その内周りの方々から、「糸賀さんは自分勝手よ!」「もう自分の好きなようにする。血液型B型だからね。」 「ちょっと待って、血液型で人を決めるな!私血液型は信じてない。よし、A型になってやる。」それからですね、 A型の特徴と0型の特徴をつかまえてですね、あたかもA型であるかの様に振る舞って、結構だませました人を。 クリスチャンになって2年間、周りから色んなことを言われて、そして自分のリーダーからはサタン扱いされて、 友達が沢山去って行ったし、わずかな友達しか残らなくてですね、もう合う度にサタン扱いされるものですから、 何があったかと言うと、自分の心の中で憎しみがどんどん、どんどん大きくなって行って、許せない心で、そしてある日、 祈祷室の中で祈っていた時に、もう本当にすごく苦しかったです。その時目をつむって祈っていた時に、 イエス様がスーッと前に来て下さって、そしてイエス様が声をかけて下さったのですね。 「夕紀子や、あなたの罪は全部取ったよ、あなたの病も全部取ったよ、あなたの憎しみも全部取ったよ。見てごらん。」と、 手を開いて下さった時に、そこに十字架の穴が開いていた時に、それを見た途端に、ブァーッと、上から愛が降って来て、 私の身体全体が神様の愛で包まれて、ボーリングの様な憎しみが、ボロッと落ちたのですね。本当にこの鉄の塊がボロッと落ちて、 そこからブァーッと愛が溢れ出して来たのですね。で、その祈りが終わって、私をサタン扱いしている方とすれ違った時に、もう、 一方的に愛が流れるのですよね。で、その姉妹に「感謝します!」と、手を出したのですが、プイッと行かれてしまいました。でも、 一方的に愛が流れる。その時に悟ったのですね、神の愛って、自分の中に一滴も無いんだ。神の愛って、 聖霊様が持って来てくれないと、自分の中に神の愛って無いんだな。だから、「敵を愛しなさい。」って言われても、 自分の中に敵を愛する神の愛は無い。「お互いに愛し合いなさい。」と、言われても、お互いに愛し合おうとしても、 必ず何かこう、ゴツゴツぶつかりますよね。「お互いに愛し合いなさい、愛の絆で結ばれなさい。」と言う、この愛というのは、 聖霊様が私の心の中に満ち溢れさせて下さらないと、神の愛は無いんだなということを体験しました。ここからが私の本当のクリスチャン生活の始まりだったな。 神様の愛と一緒に歩く始まりだったなというふうに思います。なぜ最初にそれ程神様が激的に愛を下さったかと言いますと、 先程お話しさせていただいたように、本当に私程罪人はいない。私程、自己中心はいない。自惚れはいない。 勝手に自分でいい人を装っている。本当にもうプライドの皮を着て歩いている様な者だった。で、まず神様が大いなる愛を下さって、 そこから次々と試練の中に私を導いて行って下さるのですけれども、そこで終えます。

 次なる試練は、使徒的改革の旅という試練だったのですね。更なるもっと深い苦しみが、悩みがここから始まるのですけれども。 大体10年前ぐらいに久松先生からご招待を受けたのですね。「クライスト・チャーチで、『真の教会史』を、デイビー先生がされるから、 来ませんか?」というふうに言って下さって、又このプライドの高い私のことですから、「いやもう教わらないでも皆知っています。」 そんなこと久松先生には言わないですが、「忙しいから。」と、最初は断っていたのですね。で、その内にひろ子先生からも言って下さり、 あまりにも言って下さるので、「一回ぐらい行ってみるか、それで又お断りすればいい。」ということで、一回限りのつもりで来ましたら、 大体知っているような内容だなとは思うのですが、でも新しい内容もあり、そして霊の領域が全く違う。これまでの古い霊と、霊が違う。? まえてしまって、そこから全部の学びに出る事になりました。素晴らしい学びでした。今でもそれを繰り返し学んでいます。 知っていると思っていたのですが、本当は知らなかったなと思います。本当にレベルの違う領域の事を語って下さっていたなというふうに感じたのですね。 使徒的改革は私にとって非常に、牧師先生方にとってもそうだと思うのですが、レベルの高い改革だなと思います。どうしてかと言うと、 これまで地方教会レベルで、個人的に変革を遂げていれば良かった。一つの地方教会の牧師として変革を遂げて行けば良かったのですけれども、 地方教会ではなくて、今度は、神様は普遍教会、一つの教会として下さっている。グローバルな一つの教会として下さっている。 この新しい旅へと、又、今神様が私たちを導いて下さっているのですけれども、本当に久松先生に感謝します。

 話が戻るのですが、20年ぐらい前、本当にお粗末なぼろ家で開拓伝道を始めました。今はもう無いです。 その古い家を借りた時に、前の屋根が半分ぐらい落ちかかっていた所に、「岡山シャローム教会」という看板を立てていたのですけれども、 そこに突如、何の前触れもなく、久松先生がソフトクリームを二つ抱えて飛び込んで来て下さったのですね。 それが久松先生との交わりでして、実はそこに姉妹がもう二人いてですね、久松先生が「はい、アイスクリーム!」と言って、 あわててアイスクリームを買って来て下さったのですけれども。そこからが交わりの始まりなのですけれども、そこから私を、又、 私たちの教会を、BTG、コングレスの流れへと、本当に忍耐を持って導いて下さったのですね。私は何とか逃れよう、 居心地の良い地方教会の一牧師でいたいと思っていたのですが、本当に忍耐を持ってさそって下さって、ここまで導いて下さいました。 ですから久松先生には非常に感謝していますし、ひろ子先生、又、この教会にも非常に感謝しています。この教会は、本当に岡山ではパイオニア的教会ですよね。 とても久松先生は苦労をされて教会を建て上げて来られたと思います。ですから私がフィリピンから帰って来て、ものすごい変な日本人で、 何かこうアジア風の香りがする、でもなんかアメリカの香りもする、このけったいな人は誰ぞや?という感じの者だったのですけれども、 岡山で開拓伝道をする時に、既にこのクライストチャーチ、久松先生がこの聖霊の流れというものを岡山に持って入って下さっていて、 沢山の敵があったと思います。久松先生が初めてその流れを岡山におろして下さる時には、本当に大変な事に出会われたと思います。 でもそのおかげで、私たちはあまり苦労する事なく、聖霊派ということで教会を建てる事ができました。 ですからそういう意味におきましても非常に感謝しています。

 戻りますが、今神様は、普遍教会、一つの教会を建てようとしておられるのですね。で、私が変な日本人だとか、 サタン扱いされたとか、自分勝手とか、自己中心とか、全部忘れていただいて結構です。そこだけ覚えていないで下さいね。 ここからが本当に言いたい事、私の変革の歴史を通して、皆様も沢山の変革をこれまで通って来られたと思います。 その事を通して私たちはもっともっと変革して行きたいなと思います。

エペソ人への手紙4章13節「ついに、わたしたちが皆、信仰の一致と神の御子に関する知識の一致とに達し、 完全に大人になって、キリストの満ち満ちた身丈にまで達するためです。」15節「むしろ愛をもって真理を語り、 あらゆる点において成長し、かしらなるキリストに達することができるためなのです。」このエペソ書というのは、 私の大好きな本だったのですね。エペソ、へブル、大好きです。でも疑問だらけだったのですね、このコングレスに出会うまで。 でもコングレスに出会ってから、本当に自分が思っていた疑問が、大分溶けてきました。そして神様は私たちを一つにしようとされて、 私たちを新しい領域へと移して下さいました。GGPEの後、私たちは新しい領域へと飛び移りました。 そして今神様は私たちを最終的な完成段階、最終的に私たちを一つにしようとされているのだなということを感じるのですね。 で、エペソ書をざっと見て行きたいと思うのですね。私たちが今、神様の御心の中で、どの位置にあるのかということを見たい。 そして又、私たちにどんな素晴らしい特権が与えられているのか。私たちが今この時代に生きている、どんなに素晴らしい時代に生きているのか、 どんなに恵みの時代に生きているのかということを、もう一度改めて皆さん体験されておられると思うのですけれども、 改めて見てみたいなと思うのですけれども、エペソ人への手紙1章4節「すなわち神はわたしたちを、世界の基の置かれる前から、 キリストの内に選び。」天地が創られる前から、何も無い時から、もう神様しかおられなかった。無限の神様、永遠から永遠の神様、 もう何も無い時から神様はあなたの名前を呼んでいた。その声が聞こえますか?ですから私たちの神様は、 ずーっとその時から一緒ですよね。まだ生まれてないけど、その時からずーっと一緒にいた。ですから神様がアブラハムを召した時、 私たちは神様と一緒にいた。神様がノアの洪水を起こす時、私たちは神様と一緒にいた。神様がイエス様を十字架に付ける時、 本当に神の愛が全世界へと許しを伝えて行く、神の愛が全世界に流れて行く、私たちは神様と一緒に旅して行きました。そして今、 私たちはこの地上に出て来ている。私たちは名前を持って呼ばれています。私たちはこの確信を持ちたいと思います。 このエペソ書というのは、神の奥義、世々隠されていてそして現された神の奥義。神様は教会を通して御自身を現そうとされている。 でも地方教会じゃない、一つの教会を通してご自身を現そうとされているわけですね。ですからまず、神様は地の基の据えられる前から私たちを選んでおられたのです。 2章16節「また両者を一つの身体として、十字架によって神と和解させるためなのです。敵意は十字架によって葬り去られました。」 ユダヤ人と異邦人という敵意は取り去られて、一つになったわけですね。そこで教会ができました。どんな教会か?3章10節 「これは今、天にある支配と権威とに対して、教会をとおして、神の豊かな知恵が示されるためであって、 わたしたちの主キリストイエスに於いて実現された神の永遠の御計画にそったことです。」教会を通して、 天の支配と権威が打ち砕かれる。GGPEの時に私たちは叫び声を上げました。そしてもろもろの天は打ち破られました。 今朝先生方がおっしゃっていたように、私たちはこれから勝利に次ぐ勝利、全き完成を目指して行きます。一つに成って行きます。 4章を見て下さい。どの様にしてこの3章10節の教会を建て上げるか、この力と権威ある教会をどの様にして建て上げるか。 4章11節「こうしてキリスト御自身が、ある人を使徒、ある人を預言者、ある人を伝道者、ある人を牧師、 また教師として御立てになったのです。」この奥義である教会は、五役者を通して完成されます。5章では、教会は花嫁、 そしてキリストは花婿、ですからこの完成された教会を、花婿であるキリストが迎えに来ます。しかしその前に教会よ、 働きをしなさい。6章10節「終わりに言います。主にあって、その大能の力によって、強められなさい。 悪魔の戦略に対して立ち向かうことができるために、神の全ての武具を身に付けなさい。わたしたちの格闘は、 血肉に対するものではなく、」人とではない、嫌な人と合わすことでない、嫌いな人と争っている訳ではない。 これは霊的戦いなのです。「主権、力、この暗闇の世界の支配者たち、また天にいるもろもろの悪霊に対するものです。」 私たちはGGPEで戦いました。そして今、戦利品を拾っています。ここからが私たち牧師、特に私ですね、 まだ苦しみの中を通っています。まだ地方レベルの牧師の霊から、どうやってこのグローバルな牧師の霊の中に、又、教会の中に、 神様に入れていただこうか、神様と取り組んでいます。神様私を作り変えて下さい。あなたは御自身の聖霊を持って、 大いなる愛を私に注いで下さいました。私自身を見せて下さいました。又、あなたをも見せて下さいました。 そして様々な試練の中をあなたは共にいて下さいました。強めて下さいました。神様完成まで導いて下さい。 神様どうぞ完成まであなたが力強く私自身を変革して導いて下さい。

皆様の地方教会の中に、皆様がいるわけですよね。倉敷クライスト・チャーチの中に皆様の全部のお顔の写真があります。 そしてそこにBTGが加わって来ます。アジアが加わり、オーストラリアが加わり、アメリカ大陸、そしてヨーロッパ大陸、 アフリカ大陸、どんどんどんどん加わって行きます。全部の地方教会が、一つのグローバルな教会、それぞれの地方教会が聖霊様によって変革を遂げて、 一つの教会へと集まって来ます。皆の教会が集まって来て、一つの集合写真ができるわけですね。その集合写真の中に誰が見えるか?イエス様、 キリストしか見えない。神様は私たちを今、そこへと導いて下さって行っているわけですね。全ての教会が一つになるように。 私たちはGGPEの後、新しい次元へと乗り移ったのです。地上レベルの生活ではなく、新しい霊の領域へと、 別の次元へと神様は私たちを移して下さったのです。それは全てのコングレスの教会が一つの教会、それを見るとキリストがそこに見える。 一人一人は消えていて、キリストが見える。その様に神様は計画して下さっていますね。ですから神様、私をもっと変革して下さい。 過去を振り返ると、もう本当に苦しかったです。でもこうやって振り返って見ると、本当に全てが益と変えられています。 あなたが共にいて下さり、あなたが共に歩んで下さり、あなたの豊かな愛によって、又、聖霊によって、御言葉によって強められたが故に、 全てが益と変えられ、あなたの麗しさが私の過去となって、これはあなたの麗しさ、あなたの恵みです。神様、完成まで、 どうぞ私を変革して下さい。これまでの地方教会という核ではなくて、グローバルな教会という皮袋へと私を変えて下さい。 神様もっと私を変えて下さい。という祈りの中に今入っています。

4つ目のポイント、今は一つとなる時、神様は私たちを一つの民としておられる。今回、この様に木村先生が招いて下さって、 共に神様を礼拝できるこの恵みを心から感謝します。私たちはますます一つと成って行きたいと思います。 ですからBTG聖会とか、いろいろな所で、うちの信徒たちもおります。是非声をかけてやって下さって、 交わって下さいますようにお願いします。詩篇133篇1節「見よ、兄弟たちが一つになって共に住むことは何という幸せ何という楽しさであろう。」 その御言葉の最後の方には、「そこに神は祝福を命じられた。」というふうに書いてありますよね。神様の今の御心、神様の運動は、 私たちが一つに成る事。グローバルな教会が、一つに成る事。ですから皆さん一人一人、生みの苦しみをして、もがいて、 「神様その霊を下さい!」「グローバルな霊を下さい!」「地方教会の皮袋はもう脱ぎ捨てたいです!」と言って、 共にうめいて行きたいと思います。イザヤ書65章8節「主はこう仰せられる、「ぶどうの房の中に、甘い汁があるのを見れば、 『それを損なうな。その中に祝福があるからだ。』一つに連なっている。イエスキリストにあって一つとなっている。 グローバルな一つの普遍教会となっている。そこに祝福があるからだ。そのぶどうの房から離れてしまうと腐ってしまうわけですね。 祝福が無くなってしまいます。一つになりなさい。そこに祝福があるからだ。

ネヘミヤ書8章1節「その時民は皆ひとりのようになって水(御言葉を象徴)の門の前の広場に集まり、 主がイスラエルに与えられたモーセの律法の書を持って来るように、学者エズラに求めた。」民はあたかも一人の人の様に集まって来たと書いてあります。

士師記6章16節「主はギデオンに仰せられた、『わたしはあなたと一緒にいる。だからあなたはひとりを打ち殺すようにミデアンびとを撃ち殺そう。』 これは、残念ながら日本語の訳が新改訳聖書と違うのですね。これは、「あたかも一人の人であるかのように、 ミデアン人を撃ち殺そう。」ギデオンと300人の勇士が、何十万という敵と戦いますよね。そのギデオンと300人の勇士は、 あたかも一人の人であるかのように敵を打ち殺す。ですから一つになった時に、いくら敵が多くとも問題ではない。カギは、 皆が一つに成る事によって、勝利する事ができるということですよね。皆様も覚えておられると思うのですけれども、 ギデオンの勇士たちが、「主の剣!ギデオンの剣!」300人が、全員言ったのですよね。ギデオンにあって、 一つになっているわけですね。「あたかもひとりであるかのように敵を撃ち砕く。」という意味なのですね。 神様はGGPEの後、ますます私たちBTGが、私たちコングレスが、一つになる事を願っておられます。 繰り返し言いますけれども、地上レベルではなくて、新しい次元の領域へ入って、そこで一つになるように神様は願っておられるのですね。

マタイによる福音書16章18節「わたしもあなたに言います。あなたはペテロです。わたしはこの岩の上に、 わたしの教会を建てます。」イエスキリストが神であるという土台の上に、「わたしが、わたしの教会を建てます。」 「わたしが、わたしの教会を建てます。」私たちは教会です。私たちが教会です。でも、イエス様が建てて下さっている。 イエス様が私たちを導いて下さっている。イエス様が私たちに知恵を、様々な能力を与えて下さっている。 ですから私たちができる事は、久松先生に従います。カップ先生、デイビー先生、あなたに従います。木村先生、 あなたに従います。そして聖霊様が、どうやって従ったらいいのか、聖霊様が助けて下さいます。聖霊様は助け主、慰め主、 いつも一緒にいて下さる方。神の愛を注いで下さる方。神の知恵を注いで下さる方。弱っている時に慰めて下さる方。 プライドが出てきたら叩かれる方。この方が私たちといつも共にいて下さって、そして私たちを導いて下さいます。 ウッドロフ先生の教えをもって、私たちは使徒的チームにしっかりと繋がり、聖霊様がして下さいます。又、 リーダーたちが導きの声を掛けて下さいます。又、デイビー先生が曰くには、「私たちの神の声を聞き分けなさい。 私たちの神の声は、トリニダート訛りです。それを聞いたら神の声と思いなさい。」ここは関西訛りですね。と、いうことで、 本当に今、「一つとなろう。」そして、ものすごく聖霊様の導きがないと、もう本当に私たちは動けない。ウッドロフ先生の教え、 そして聖霊様の強い導きを持って、私たちは従い、一つになって行きたいと思います。神様が今、願われている事、 「父とわたしが一つであるように、あなたがたも一つとなりなさい。」ますます聖霊様の助けを借りて、 私たちは一つになって行きたいと心から願います。