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今月の礼拝メッセージ

「危機は信仰の食物」

2016年3月                ●デイビー・カップ師●

 ロングビーチとオレンジカウンティーから、あいさつ申し上げます。今は本当に、神様の御国の中、素晴らしい時です。 全世界が始まった時から、今の時は本当に素晴らしい時です。この場所へ、今まで誰も行きませんでした。私たちだけ行きました。 全世界は神様の力と権威を感じています。完成は、預言の成就する時です。その間に多くの危機があります。その完成までの、 終わりまでの道は、本当に狭いです。この道は本当に狭く、右と左には行けない。完成まで、終わりまで行きたければ、 危機の真中に生きなければいけない。その危機は、全世界に、日本に、町の中に、あなたの生活にあります。 2016年と終わりの真中は、危機です。だから神の民は今日、その危機の真中で、上手に生きなければならない。 どうやって危機に対して真っ直ぐ行くかの資源をもらわなければならない。イエス様の生活と、よみがえりの真中は、十字架。 たくさんの苦しみ、たくさんの問題。イエス様はその中で、真っ直ぐに生きなければなりませんでした。 だから私たちのよみがえり、私たちの完成は、必ずその真中は危機です。だから私たちは、 危機を食べる人々にならなければならない。危機は信仰の食物です。危機から逃げたら、信仰じゃない。信仰がない人が、 危機に行って、ちがう道に行きます。簡単な道に行きます。楽な道に行きます。でも神様が欲しいものは、人間が危機を見て、 走って行って危機を食べる人が欲しい。なぜならその危機は、いつも教会をとどめたい。悪魔が危機の隣に行って、 「危ないよ、恐いよ、できないよ、あっち行け、あっちの方が簡単、あっちの方がもうちょっと楽です。」と、 そのぐらいの案内ばかり。危機は神様が許します。危機は神様の主権の中から来ます。でも悪魔はその危機を見て、 「ああこれを使おう!これを使うと神の人々の旅が終わるだろう。神の人々は恐れるだろう。」でも私は今日宣言します。 危機は信仰の食物です。それぐらい内側を建て上げなければならない。危機を見たら走って行って食べなければならない。 それはダビデでしたね。ゴリアテを見た時、走って行ってゴリアテを食べました。おもしろいです。ダビデは言いました、 「あなたの肉は全ての鳥にやります。」なぜ?ゴリアテは、信仰の食物です。でもゴリアテは、全ての部隊を見た時、 危機だけを見ました。だからあなたの内側の生活は、これぐらいの信仰があるべきです。信仰の反対は、こわさ、恐れです。 不信仰は、間違ったものを信じます。アダムとエバがリンゴを食べた時、信仰から落ちました。恐れの中に。神様が来られた時、 恐れて隠れていました。信仰の反対は恐れ。だからいつも神様は言っています。「恐れないで、恐れないで、」本当の信仰は、 恐れを出します。信仰があるなら、何も恐れない。だから今の大切なものは、教会から、あなたの結婚から、あなたの生活から、 あなたの思いの中から、あなたの全ての心の中から、恐れを出さなければならない。恐れがあったら、危機を見る時、逃げます。    それがイスラエルの問題でした。そのカナンの前に行った時、なぜ入りませんでした?恐れです。でも聖書には 「信仰がなければ」と、書いています。なぜなら信仰がなければ恐れが出ます。私は今日言いたい。恐れはこの教会の中から、 必ず今日から出します。恐れは一番、霊的に悪いものです。でも多くの場合、恐れはいいものです。恐れは尊敬、恐れはこれと、 これ。いいえ、恐れは悪魔から来ます。神への恐れはそうじゃない。神への恐れだけ あったら、何も恐れない。今日から恐れが全然この場所に住みません。

ローマ8章14~17節「すべて神の御霊に導かれている者は、すなわち、神の子である。」あなたが神様によって導かれたら、 あなたは神の子です。神の息子たちです。女も神の息子です。息子は男性、女性、全然関係ない。息子は霊的な立場です。 あなたたちが聖霊様に導かれたら、あなたは神の子です。それを覚えて下さい。 「あなたがたは再び恐れをいだかせる奴隷の霊を受けたのではなく、子たる身分を授ける霊を受けたのである。 その霊によって、わたしたちは『アバ、父よ』と呼ぶのである。」こう書いています。あなたたちは、 聖霊様によって導かれたら、あなたは神の子である。聖霊様から受けて、奴隷の恐れの霊ではありませんでした。 聞いて下さい、私たちはTFMと代表行為に、聖霊によって導かれました。それがあなたが神の子である証明です。 導かれた人は神の子です。だから私たちは必ず今日宣言できます。「私たち全体は、神の子です。」だからそれは、 あなたが奴隷の恐れの霊を受けていない証明です。私たちの旅は、私たちが神の子である証明です。だから今日、 私たちはこの教会から、残りの恐れを出さなければならない。この場所まで来られたのは、 奴隷の様な恐れの霊をもらう為ではありませんでした。神の息子に成る為。今は恐れの時じゃない。 今はアバ神様の時です。アバは本当に、個人的な深い関係の「お父さん」の時です。 日本の文化では、お父さんと息子の関係は難しいですね。だから聖書から私たちの文化はもらわなければならないです。 私はお父さんの隣にいて、同じように目と目を合わせて神の国の話をする、そのぐらいの雰囲気です。私たちの天のお父様は、 私たちが奴隷みたいにいつも恐れているやり方は欲しくない。神様は立ち上って、「あなたは私の息子です。私たちはパート ナーです。」それが神様は欲しいです。今、それが大切です。なぜ?その危機を超える時、 神様と私たちのパートナーシップが大切になるからです。

16節「御霊みずから、わたしたちの霊と共に、わたしたちが神の子であることをあかしして下さる。」 私たちと聖霊様と共に証明します。でもその証明は、あかしです。今までの全ての前のものは、この場所で生きるか、死ぬかです。 動くか止まるか、本当になるか、なくなります。私と聖霊様が、同じあかしがなければならない。神様の霊と私の霊が共に、 神の子であることをあかしします。聞いて下さい、これは大切ですよ。神様が「あなたはわたしの子。」と、言います。 それだけだったら、何もあなたの心の中、起こらない。あなたが同じように、「はい、私が神様の子です。」と、 あかししなければならない。両方のあかしが要ります。神様の言葉に、人間からの、「アーメン」と、言わなければならない。 神様の言葉がとても強くても、あなたと一緒にあかししなければ、終わりです。そのあかしは信仰のものです。 この聖句はおもしろいです。神様の霊と私の霊が共に「わたしは神の子である。」の、あかしが要ります。 だからこれは恐れの話です。今の前の二つの節は、「あなたは奴隷の恐れの霊を受けませんでした。」なぜ? あなたは神様の子供です。なぜ?あなたはこの長い間、聖霊様によって導かれたからです。あかしとは何ですか? このあかしの言葉は大切です。このあかしは、裁判の言葉です。なぜなら裁判の前に来た時、あかしをします。 そのあかしはこれです。「私は本当のことを今言います。」必ず嘘を言わないで、「自分自身が見たもの、聞いたものを今、 あかしします。」それがあかしです。そのあかしによって、犯人が牢屋に行きます。その為にはあかしが要ります。 裁判官の人が「この人は有罪です。」それはそのあかしから来ます。あかしがなければ有罪じゃない。有罪というものは、 これは本当です。有罪はあかしから来なければならない。  へブル人への手紙11章1節「さて、信仰とは、望んでいる事がらを確信し、まだ見ていない事実を確認することである。」 でもギリシャ語の中、その見えないものは、有罪判決になる。その見えないものがどうやって、「本当にそうです。」の、 有罪をもらいますか?それは信仰によって。信仰は、まだ来ないものを信じて、確信持って、でも見えないものが本当です。 その信仰はあかしです。私が見えなくても、「それが本当です。」と、有罪もらいます。それはギリシャ語と同じです。 本当におもしろいです。なぜならあなたは裁判官の前に行って、有罪判決をもらいたいなら、私の信仰だけが要ります。 だから全世界、神の国の裁判は、このあかしによって有罪判決をもらいます。有罪判決は、悪いか良いか、全然関係ない。 必ずこうですの意味です。ほとんど使うのは、悪いものに対してですね。でも本当言えば、私はこれをしっかり信じます。 本当です。それがこの有罪の言葉です。信仰の目的は、その見えないものが必ず有罪もらう為です。

申命記19章15節「どんな不正であれ、どんなとがであれ、すべて人の犯す罪は、ただひとりの証人によって定めてはならない。 ふたりの証人の証言により、または三人の証人の証言によって、その事を定めなければならない。」その「定めなければならない。 」は、その前の話した言葉の有罪判決と同じです。でも本当言えば、この事はあかしです。神様の国の中、 一つのあかしでは何もできない。これは神様の国の原則の律法です。何か証明したいなら、一つのあかしだけでは充分でない。 これは神様のやり方です。一つのあかしによって、何も定められない。何も証明できません。神様が立ち上がって、 「あなたは立派な先生です。」「あなたは私の義です。」「あなたは新しい人間です。」そのあかしだけでは何も証明できない。 あなたの霊と神様の霊と共にあかししなければならない。神様があなたに対して言うものだけもらったら、まだ恐れます。 あなたの霊、あなたの内側の場所、あなたの考えの場所、あなたの霊的な内側の場所が、神様の内側の場所、 霊と共にこの世界の中で立って、あかししなければならない。同じあかしを、あなたの口から、 あなたの霊から宣言しなければならない。なぜ?神様の国の中、二つのあかしが要ります。「神様は私に対してこう言われました。 」「信じます。」何も起こらない。あなたの言葉は、神様の言葉と同じ言葉にならなければならない。 「あなたは何でもできます!」「あー難しい!」神様のあかしが、フーとなくなります。 二つのあかしが要ります。何度聞きあきても、「私は神の子です。」あなたの霊と聖霊様が一つになって、 神様があなたに対して言ったもの、同じように立って、見えなくても、感じなくても、全部の見える物が反対でも、 あかししなくてはならない。私たちは神様の息子です。それによって恐れを出します。神のあかしだけだったら、 「あなたは私の息子です。」でもあなたの霊が同じようにそう言わなかったら、あなたの隣には恐れがあります。 これが問題です。なぜなら神が「カナンに入りなさい、できる!」でもこの人たちのあかしは反対でした。 「いいえ、できない。」そう言うなら、神様の言われた力と権威は止まります。神様のあかし1つだけなら、 恐れがここにあかしします。神様からのあかしは、恐れは全然入らない。でもあなたのあかしが同じでないなら、 あなたは恐れの中に住みます。危機を見る時、全世界がめちゃめちゃになる時、恐れます。なぜ? 私の内側は神様と一緒にあかしを言っていないから。「私は恐れの奴隷じゃない。私は神様によって、 この場所まで連れて来られました。私は神の息子です。この教会、このコングレスは神の息子です。」なぜ? 全部を終わりたいから。でもここと終わりの真中は危機です。恐れない人だけその道を歩ける。どうやって恐れを出しますか? あなたのあかしによって、「私は神の息子です。」神様が、「あなたはできます!」「はい、私はできます!」 「あなたは私の息子です。」「私はあなたの息子です!」同じように言わなければならない。それはおもしろいね。 これが本当に分かったら、あなたの全ての生活が、全く変わります。なぜ?アイデンティティーは、今の一番の問題です。 「教会は誰ですか?」「分からない。」ほとんどの働きは、恐れの場所から働いています。危機は信仰の食物です。 信仰はあかしをします。そのあかしは、私が神様の祭壇の前に来てあかしする時、本当になる。これは私たちの祈りですね。 「天のお父様、あなたの国が来ますように、あなたの御心を地でも行う為」あなたの口で天と同じ様に。 あなたのあかしは何ですか?あかしは祈りじゃない。「○○して下さい。」は、あかしじゃない。あかしはあなたが本当に見た、 と、信じている本当のもののあかしです。「私は神様の息子になりたい。」それはあかしじゃない。裁判官が、 「それは本当ですか?」「本当と信じたい。」あかしは必ず、「本当です。」と、言います。悪魔は立って、 「いいえそれは本当じゃないよ、それはあなたの考えだけですよ。」「ああ、そうですねえ。」と、そのあかしも全部つぶれます。 神様の霊と私の霊、共にあかしを言わなければならない。それによってあなたの家族が、あなたの生活から、恐れを全部出します。 この教会は、今日から絶対恐れを許さない。なぜなら危機の真中に行くなら、恐れたら問題ですよ。

これはギデオンの働きでしたね。「皆恐れている人は帰って下さい。」神様は、「あなたは素晴らしい部隊です!」で、 ギデオンの初めのあかしは、「いいえ私は一番若い、私の家族は一番小さい。」神様は、「だまれ!本当のあかしをしなさい。」 なぜ?この危機の中に生きなければならない。で、3万2千の軍隊をもらいましたね。でも、2万人は恐れました。 本当に信じませんでした。だからギデオンは、「はいどうぞ、さようなら、帰って下さい。」なぜ?恐れと共に危機に入ったら、 死にます。だから恐れはここから出さなければならない。全部の恐れ。神の国の中、心が正しければ間違いは全然問題ない。 その間違いする恐れを、この教会から出さなければならない。間違いは、新しい学びの場所だけです。皆、間違いしますよ。 でも間違いを恐れたら、もう何もしない。いいえ、喜んで、心から、何でもやって下さい。何か間違ったら直します。 全然問題ない。先生への恐れ、「私の義は、ちょっと足りない。」いいえ、あなたが足りなくても、イエス様によってできる。 「私が失敗したら皆が怒ります。」その恐れもここから出さなければならない。「できない。」の恐れ。 この10年の後ろの歴史に恐れている。「私はその人となじみじゃないよ。」の恐れ。その人の考えの恐れ、 「ああ、私がこうしたら、私に対してどう思うか。」沢山の人がその恐れによって何もしない。この場所は、 恐れがない場所にならなければならない。なぜ?完成する人々は、絶対恐れがない人々にならなければならない。 神様だけ恐れます。あなたの霊と、神様の霊と一緒に、「私は神の息子です!奴隷の恐れの霊はもらいませんでした。 私は神様の目的によって、この場所に やって来ました。」今、皆は神の子です。神の息子です。  私の息子のジュダ君がもし間違っても、いつも私の息子です。あなたがもし間違ったとしても、全然問題ない。 今からの仕事は、そんな素晴らしい大きいものですから、恐れが必ず全然ない者に、内側を造らなければならない。 あなたの霊と神の霊が立ち上がって、「私は神の子です。」間違ったら、全然問題ない。その間違いを見て、ああここです。 OK!新しい学びを持って、行きましょう!あなたが恐れがあったら、悪魔はもう大変な働きをします。 でも私たちは正しくこれをやりたい。もちろんそう。でもそれは恐れから出たら、それは神の国じゃない。 パートナーの時、建て上げる時、働く時、お世話の時、全部、恐れがない者にならなければならない。 今の時は、間違える事は、何か良くできるよりも、もっと難しいです。正しくするのは簡単です。間違えは難しい。 なぜ?新しい日です、新しい場所です。だから恐れはこの場所に、今日から全然住んでいない。私は8か月ぐらい前、 ロングビーチの教会で、このメッセージをしました。なぜなら今から行く場所は、必ず恐れない者に成らなければならない。 私が霊の中で見つけたものは、沢山の人が私に対して間違いをするのを恐れていました。全然知りませんでした。 だから私は言いました。「間違いは問題ない。何か間違ったら、謝って、分かって、進みましょう!」恐れは悪魔の友達。 初めの場所は、あなたのあかし、「私は神の息子。」私たちの教会の中、私のこのメッセージの中、新しい律法をつくりました。 「今から私はダビデ先生と必ず誰も言わないで下さい。私はダビデです。」それは私の教会の者だけでした。 それは私の教会の霊的な雰囲気の中、これによって恐れを出す為でした。子供たち18歳から下の子は、 「ダビデ先生」他の皆は、「ダビデ」すると皆が、「それ難しい、難しい、、、。」だから私の2番目の人は、 その時から3か月ぐらい毎日曜日は、「昔のダビデ先生のダビデが、こう言いました。」でもそれは、 恐れを潰したいからそうしました。でもそれはここじゃない、私たちの教会。でも本当にその場所から霊的な恐れが フーッと出ました。なぜなら皆の働き、皆の賜物、皆の信仰、皆の強さ、皆のものが要ります。最後の終わりの時は、 牧師先生だけじゃない。皆が固くなって、皆が神の息子である信仰によって、恐れがなくなって、 皆が最後の場所に行かなければならない。これがドバイのメッセージでした。140人皆ウッドロフ先生の近くに来て並んで。 権威は皆分かります。でも権威と恐れは全然関係ない。私は権威ある人を恐れない。分かる。従う。でも恐れない。 従うと恐れは全然関係ない。「愛は恐れを出します。」これは次の教会のレベルです。恐れないで権威を分かる。 恐れないでランクを分かる。宗教的な外側のものは権威ではなく、それは恐れです。神様の王座に近付きたいなら、 恐れがあったら、全然近くに来れない。絶対神様は恐れを欲しくない。信仰100%持って、神様の王座に近付いて下さい。 尊敬は恐れと全然関係ない。私は私のお父さんを尊敬します。でも恐れていない。なぜ?私は3歳の子供じゃない。 52歳の息子です。まだ霊的子供だったら、恐れ。でも私たちは神の息子です。だから今から、 この全部の場所から恐れを出しましょう。私たちが最後の時まで一緒に来て、危機が、あなたが恐れているのを感じたら、 あなたを襲うでしょう。でも信仰だけによると感じたら、危機が逃げます。危機は信仰の食物です。本当のことを言うと、 多分沢山の恐れがあるでしょう。NHKを見て恐れます。新聞読んで恐れます。カップ先生を見たら恐れます。 ウッドロフ先生を見たら恐れます。なぜ?同じ人間です。恐れたら問題です。ただ神様だけを恐れなければならない。 2番目の証があなたの口から出なければならない。